第十七話 催眠休憩

「慎也さん、ちょっとまたベランダ行ってきます」昌也はそう言ってタバコを吸いにベランダへ出て行った。

寝てるとはいえ、久美子と二人きりになった慎也は何か落ち着かない様子でiPhoneをいじりはじめた。5分くらいして昌也がベランダから戻ってきた。

「慎也さんホルモン行くようですね」

「その前に順子さんの住所がわかればいいんだけどな…そしたらこのババア連れてって終わりにしようぜ!」

「慎也さん、聞こえますよ!でも久美子さん、シロコロ食いに行くって言っちゃってますけど…」

「そうなんだけどよ!住所わかったらババアをそこに届けて終了でいいんじゃねぇ?」慎也はさっき久美子が自分の携帯電話の電源をOFFにしたのを忘れていた。

「慎也さん!ババァ、ババア連発しすぎですよ!聞こえますって!」昌也は小声でささやいた。

「大丈夫だよ!このババアもう5分くれぇ動いてねぇから!」

昌也は「しーーーー!」と言って人差し指を唇にあて、右目をつぶった。

慎也は「ちょっと見てろよ!」と言うと久美子の顔の前で手の平を上下に何度も振ってみせた。久美子は目をつぶったまま何の反応もしめさなかった。

「なっ!寝てんだろ?」

「ほんとかっすか?」

「ほんとだよ!なんならこのババァの顔の前でケツ出してみようか!そうだ!お前やってみろよ!」

「そんな事できませんよ!僕、昨日風呂入ってないし!」

「そういう問題じゃねぇだろ!てか風呂くらい入れよ!」

そんな事言っている慎也だったが皆さんご存知の通り、慎也も昨日、風呂には入っていなかった。

慎也は久美子の頭に顔を近づけ「しっかしこの髪型どうやんだべ?モンチッチそっくり。モンチッチ知ってる?」と言って昌也の方を振りむいた瞬間、久美子の目が「ギラン!」と大きく見開いた。

「ゴンっ!」

鈍い音が部屋に響き渡る。慎也は久美子にげんこつで頭をはたかれた。

「まだ寝てねぇんだよ!」

慎也は右手で頭をおさえ右目を閉じて痛がっている。その姿を見た昌也はまたまた床に転がって腹をかかえて笑っていた。

「ちょっと寝かしてもらうからしばらく静かにしときなよ」と言ってく久美子は再びそっと目と閉じた。

慎也は頭をおさえながら「はい…」と言って床に転がっている昌也を尻を軽く蹴飛ばし、頭を押さえながらキッチンに入っていった。笑いすぎて腹をかかえていた昌也も慎也を追ってキッチンに入っていった。

慎也はコップに水を入れ、ごくごくと一気に飲み干した。「あっ!」と言って慎也が昌也を見た。

「どうしたんですか?」

「順子さんのiPhoneから順子さんのお母さんに電話すればいいんじゃん!」

「あっ!さしかに!」

「ん?」

「確かに!」

「順子さんのiPhone借りて、ババアが寝てる間に電話かけちゃおうぜ!」慎也は流石に小声だった。

「大丈夫ですか?」

「大丈夫だべ!今度は確実に寝てる! と 思う…」

そう言うと慎也は久美子に聞こえないようにギリギリの声で「バックとってこい!」と昌也にささやき、久美子のバックを指さした。昌也はブンブンと首を左右に振り、右手もブンブンしながら小声で「無理ですよ!」と言った。

「こんのチキン野郎め!」

慎也は匍匐前進しながら久美子のバックへと近づき気づかれないようにバックを開け、順子のiPhoneを取り出した。そして昌也に「お前がやれ!」と顎で合図した。

昌也は座りながら声に出さずにマスオさんの「えーーーー!」というゼスチャーをしてみせた。

慎也は目を細め、もう一度顎で「早くしろ!」とせかしてみせた。昌也は仕方なくiPhoneを受け取り久美子を気にしながらiPhoneを操作しはじめた。

「あっ」

「どした?」

「慎也さん、大変残念なお知らせがあります」

「ん?」

「順子さんのiPhone、充電切れしてます」

「なぬ!俺ので充電できねぇか?」慎也は昌也に自分の充電コードを差し出した。

「無理ですね。差し込みんとこちょっと違うみたいです」

「はぁ!なんでこういうのってみんな一緒にしないのかね?VHSとベータもそうだったけど?」

「ベータってなんですか?」

「えっ!知らない世代?」

「俺はベータ使ってた」

「だからなんすかそれ?」

「ビデオテープ」

「ビデオテープ?」

「知らない?」

「わかりませんね…」

「まぁいいや、こりゃババァが目覚めるまで待つしかねぇな…」

「慎也さん、聞こえますって!」慎也は久美子の手の届ない場所に移動していた。

「さすがにこんだけ離れてりゃ大丈夫だべ!起きてたとしても手届かないから!」

「なるほど!」

「ザ・ワールド 春の祭典スペシャル」

「なんすかそれ?」

「番組対抗戦、知らない?」

「知りませんよ!ちょいちょい、訳の分からないこと言うのやめてもらってもいいですか?」

慎也は「てへっ!」と言ってウインクし舌を出しペコちゃんのようなしぐさをしてみせた。慎也は同世代にしかわからないボケをかます事が多かった。

慎也はまた顎で久美子のバックを指し昌也に「そっと戻しとけ!」とささやいた。

昌也はゆっくりとバックに近づき、iPhoneをバックの中へそっと投げ込んだ。

「ふぅ〜一件落着」久美子が寝ている事を確認した昌也は安堵の表情を浮かべた。

「ところで慎也さん、順子さんってかわいいと思いますか?」

「ダメだろ!隔世遺伝って知ってるか?じいちゃんがハゲだと孫もハゲるらしいぞ!」

「あっ!そうすっと俺もハゲるのか…」慎也の祖父はハゲだった。

「でもトンビが鷹を産むっていう言葉もありますよね?」

「このババァが順子産んだわけじゃねえし。それにその言葉の使い方はちょっと違うな…」

「可愛いといいですね!」

「まぁね、でも俺たちが順子さんと会う事はないかもよ」

「さしかに」

「んっ?」

「確かに…」

「仕方がねぇ!ババァが起きるまでオセロでもすんか?」

「えっ?オセロですか?」

「バカヤロー!オセロは奥が深いんだぞ」

「そうじゃなくてなんでオセロなんですか?」

「親戚のゆうちゃんに勝つための練習だ!」

「はい?」

慎也は子供の頃、宮城に帰省する度に2歳上のいとこ「ゆうこ」と毎回オセロで遊ぶのが恒例だったのだが一回も「ゆうこ」に勝った事がなかった。去年、帰省した時、大人になってから久しぶりに勝負してみたが結果は一緒だった。5戦連敗だった。

あまりにも一方的に負けたので、帰省先から戻ったその日に「ゆうこ」にリベンジするために高原屋(おもちゃ屋)でオセロを購入した。しかし買ったまではいいが相手がいなかったのでここまで新品未開封のままだった。

「新品じゃないですか?」

「まぁね」

「俺、先行ね!黒好きだから!」

「慎也さんホッピーもう一杯もらってもいいですか?」

「いいけど今度は氷で飲んでね」

「はい。氷入りも好きです」

「慎也さんはいいんですか?」

「俺はいいよ!夜飲むから」

「てか連絡ないと本当に久美子さんとホルモン行くことになりそうですね」

「だな…でも俺は今日どうしても行かなかきゃならない店があるんだよね!」

「熟女パブですよね?」

「まぁね…指名してる千佳ちゃんの誕生日なんだよね」

「俺も付き合いますよ!」

「フィリピンじゃねぇぞ!」

「その後、行きましょう!」

「てか熟女パブ、ワンタイム奢る約束だよな!」

「はい。大丈夫です」

「指名料は払いませんよ!」

「おけ!てっいうかお前オセロ強いな?」

慎也は昌也にほぼ真っ白にされてしまった。

「実は僕、小学生のオセロクラブだったんです。クラブ大会でも優勝した事あります」昌也は小学校6年間オセロクラブに所属していた強者だった。

「なるほど…強いわけだな」

「もう一回やりますか?」

「いやもういいです…」慎也はどうやっても昌也には勝てそうもないのでそそくさとオセロを片付けだした。

「慎也さん、ちょっと順子さんに会いたくないですか?」

「またその話しかよ…」

「可愛いかもしれませんよ」

「だーかーらー!断言しよう!このババアの血が入ってるんだぞ!血統は大事だからよ!」

「なんですかそれ?」

「お前、本気で会ったこともない順子さんを狙ってんのか?」昌也は左唇を上げ微笑んだ。

「順子がどうしたって?」

「うぁ!びっくりした!」久美子がいつの間にか慎也の後ろに立っていた。慎也はリアクションがデカかった。

「トレイ貸してよ」

どうやら睡眠休憩が終了したらしい。

第十八話へと続く・・・・


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