第十八話 いざシロコロ

慎也は立ち上がりホテルのコンシェルジュのイメージでトイレの前まで行き「こちらになります」と言って左の手のひらを上にして久美子をトイレへと案内した。

久美子は「音を聞くんじゃないよ!」と言ってトイレに入っていった。

「チッ!音なんて聞くわけねぇだろ!ババァ」慎也は小さく舌打ちをした。しかし本当に久美子が用をたしてる音が聞こえたら嫌だったのでその場をすぐに離れた。

久美子が寝ている時に使っていたタオルケットをたたみながら慎也が叫んだ。

「あっ!やべぇ!」

「どうしたんですか?」と昌也が慎也に訊いた。

「トイレにエロ本おいてあんだよ…正確にはエロ本じゃねぇんだけど」

「なんの本ですか?」

「スコラ…」

「スコラ?いつのやつですか?」

「わかんねぇ…」

慎也は当時、ビニ本買う勇気がなく、しかしHな写真はみたいという葛藤にかられながらも「これならなんとか買える!」といってコンビニエンスストア「サンチェーン」で買っていたのが「スコラ」だった。

「スコラ」はインターネットなど無かった時代の男性向け情報雑誌で慎也は毎号かかさず買っていた。お気に入りの写真が載っているものは捨てられずに今も保管してあり、トイレにも何冊か暇つぶし用に置いていた。

トイレから水を流す音が聞こえてきた。久美子はトイレが出てきたが「スコラ」の事には触れなかった。何も言わない久美子を慎也はかえって不思議に思った。

「スコラに気付かなかったのかな…」

 昌也も続いて「自分もトイレ行ってきます」と言ってトイレに入っていった。座椅子に「どかっ」と座った久美子が慎也に尋ねた。

「厚木って前からシロコロ有名だったの?」

「B-1グランブリで優勝してからですね」

「よく行くお店あるって言ってたよね?」

「ありますね」

「今回の目的の半分はその為に厚木きてんだからね、よろしく頼むよ!」

「はぁ…」慎也は耳タブをさすりながら答えた。

「やっぱり行くんだな…」慎也はテレビのスイッチを押した。画面には競馬中継が流れていた。

「慎也、競馬やるのかい?」

「独身時代は毎週、東京競馬場行ってましたね。今も独身ですけど…」

「へぇ…」久美子にはさほど興味がなかったようだ。

「へぇ…」慎也はこの「へぇ…」と言う言葉を知っていた。この言葉を発する人は今の話にさほど興味がない事を知っていた。自分もそうだった。日帰り出張時、あまり仲の良くない同僚と車で出掛け、同僚のどうでもいい話に「へぇ…」を100回以上、連発した事を思い出していた。

 トイレに入った昌也だが、もう10分もたったのになかなか出てこない。

慎也もトイレに行きたかったのでトイレのドアの下の方を右インサイドキックで蹴り「おい!早くでてくれ!」と中にいる昌也に懇願した。すると水の流れる音がして昌也が「スコラ」を持ってニヤつきながらトイレから出てきた。

「おい!何もってきてんだ!」

「あっ!」昌也は踵を返し、またトイレへと入っていった。

慎也は久美子をチラっと見た。すると久美子が「昌也君、その本見て中でなんかやってたんじゃないのかい?」と言ってニヤリと笑った。久美子は下品だった。

「あれ?あの本あんの知ってました?」

「見はしないけどさっきトイレ借りた時に気付いたよ。あたいも息子がいたからね。男の一人暮らしだったらああいう本があったって不思議じゃいだろ」

「男性情報誌ですよ」慎也はバツが悪そうに答えた。

「はいはい。でも最近はネットでいろいろ見れるんじゃないのかい?」

「そうなんすけどね…」

「お気に入りの写真でもあんのかい?」

「まぁそうっすね…」慎也は素直に答えてしまった。昌也はニヤニヤしながらトイレから出てきた。

「いや~古いエロ本っていいっすね。見えそうで見えないとこが…」

「エロ本じゃねぇ、男性情報雑誌だし」と言って慎也はトイレに入っていった。

用を足し終わった慎也に久美子が「そろそろシロコロ行くにいい時間じゃないのかい?」と言った。

慎也はiPhoneで時間を確認した。時刻は15時46分だった。

「やっぱり行くんだ…」慎也は覚悟を決めた。

「ほんじゃ行きますか?」

「荷物はここに置いといていいよね?」

「えっ?」

「えっ?じゃねぇだろ?か弱き乙女がこんな荷物もって飲みにいくのかよ?」

「か弱き乙女?」

「か弱き乙女?」

「か弱き乙?」

慎也は心の中で3回つぶやいた。すると昌也が言った。

「そうですね!飲みに行くのに荷物あったらじゃまっすよね。ここだったら駅から近いし、息子さんか順子さんから連絡あったら僕が取りに戻ってきますよ」

「昌也君はやさしいねぇ!」

「だったら荷物、コインランドリーに預ければいいんじゃないっすか?」と慎也が言った。

「はぁ?荷物をコインランドリーに預ける?」と言って久美子が眉間にシワを寄せて不思議そうに慎也を見た。

「駅にあるんでなんかあったらすぐに取りにいけるじゃないっすか!」

「慎也さんそれ、コインじゃないです」昌也が笑いをこらえている。

「なんだコインじゃないって?」 慎也は昌也が何を言っているのかがわからなかった。

「荷物、洗濯する気ですか?」と言って昌也は久美子は目を合わせ笑っている。

「あっ…コインロッカーね…」

慎也は良く言い間違いをする人だった。子供がサッカーの試合でユニフォームを泥だらけにして帰ってきた時「ユニフォーム、先に水で泥汚れ落としてから冷蔵庫入れとけよ!」とか普通に言っちゃう人だった。

「ほんじゃ行くよ!」久美子は荷物を持たず玄関へ向かって歩き出した。

「久美子さん!荷物ほんとに置いてくんですか?」

「だからここに置かせといてよ」

「コインランドリー…」慎也はまだ言い間違いをしている。

「慎也さん大丈夫です。順子さんと連絡取れたら僕がすぐに取りにきますよ」

「おいおい!お前いつからそんな優しい男になったんだよ?」

「何言ってるんですか?僕は女性には優しいんです」

「えっ?」

「慎也さん、なんで僕がこんな事するか知ってます?」昌也が小声で言った。

「なんで?」

「初めて会う人にはいい人に見られたいからです」と言ってニヤリと笑った。

「はぁ~?」

「てかホルモン屋は七輪で肉焼くんで服に臭いついちゃいますよ!久美子さん服それで大丈夫ですか?」昌也はまたいい人ぶっている。

「服なんてこれしか持ってきてないしね…」

「上着だけでも慎也さんになんか借りればいいんじゃないですか?」と言って昌也は慎也を見た。

「こいつはほんとに…」慎也は昌也を睨んだ。

「なんか借りれんのあんのかい?」久美子は玄関から戻ってきて慎也に尋ねた。

「えっ?」

「なんか借りれる服はあんのかい?」

「ジ・ジャージでよければ…」

慎也はしぶしぶジャージの上を久美子に手渡した。久美子に手渡したジャージの色は黄色だった。

「なんだよ!お前は黄色の服しか持ってないのかよ?」

「今、今週分をまとめて洗濯中でこれしかないんですよ」

「これであたいもチームブルース・リーの仲間入りだな」

慎也は「文句言わねぇでだまって着とけ!」と言おうと思ったが心の中に留めておいた。

「先に下行っててください」

二人を先に部屋から出した慎也はへそくりの1万円を部屋に置いてある発煙筒から取り出した。

一人暮らしでへそくりも何もあったもんじゃないが結婚していた頃はこの方法で車に常備してある発煙筒にへそくりを隠していた。

今は一人暮らしなのでそんな事する必要はないのだが、昔の癖で臨時収入などがあった時はお金を発煙筒に入れて部屋においていた。発煙筒は期限切れの物を使っていた。

「はぁ…これで熟女パブ行くはずだったのに…」

久美子のシロコロに付き合う事で、この金が全部なくなってしまう可能性があったので慎也は少しビビっていた。慎也は少しうなだれ気味で部屋を出た。マンションエントランスで二人と合流しホルモン屋へと向かい歩き出した。

慎也と久美子は上半身、真っ黄色のペアルックで本厚木の街に繰り出す事になった。

第十九話へと続く・・・・
 

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