順子は昭夫に電話をかける為、三度テレフォンボックスへ向かった。
3つあるテレフォンボックスは全て空いていた。
「テレフォンカードの度数が残り少なくなってきたな…」
順子は真ん中のテレフォンボックスに入り昭夫の電話番号をプッシュした。もう昭夫の電話番号は完璧に覚えていた。
「んっ!着た非通知!」昭夫は6度目の非通知には速攻対応した。「はいもしもし」と言いながら廊下へと出ていった。
「あっ!パパ!やっと繋がった!」
「ごめんごめん!非通知だったから出なかったよ」
「いいのいいの!」
「携帯電話落としたんだって?」
「そうなの、だから久美子ババの電話番号教えてほしいの!」
「てか、お前が落とした携帯電話なんだけどさぁ!」
「はいはい」
「今かーちゃん(久美子ババ)が持ってるらしいよ」
「えっ!かーちゃんって誰?」
「久美子ババ」
「えっ?」
「だよな」
「どういう事なの?」
「詳しくは知らない」
「ちょっと待って!」順子は電話機のプッシュボタンの配列を見ながら固まってしまった。
「それどういう事?」
「それは知らん!」
「えっ?ちょっと待ってよ!私がなくしたiPhoneをなんで久美子ババが持ってるの?」
「みたいよ」
「どうやって?」
「それは知らない」
「どんなイリュージョン使ったのよ?」
「だからそれは俺も知らないんだって!あとね」
「はいはい」
「家で待ってろって言ってたよ」
「はぁ?」
「かーちゃん、16時からシロコロ食って酒飲んでカラオケ行ってからお前(順子)んとこ行くってよ」なぜかカラオケがプラスされていた。
「はぁ?」
「俺、今仕事中だから!かーちゃん(久美子ババ)にお前んとこの住所送っとくからあとはよろしくメカドック!」
「はぁ?」
「ちょっと久美子ババの携帯電話番号は?」
「おぉ!ちょっと待ってろ…いいか?」
「いいわよ!」
「080-4878-008」
「反対から言うわよ!」
「はい、どうぞ!」
「800-8784-080」
「OK!あってるよ!」
「ありがと!とりあえず電話してみる」
「よろしく哀愁!」
昭夫は順子との電話が終わると携帯電話をスーツの内ポケットにしまった。
「あっ!順子の住所聞くの忘れた!」大事なことろが抜けてる昭夫だった。
「まぁかーちゃんの携帯電話番号教えたからなんとかなるか…」昭夫はムーンウォークで仕事へと戻っていった。
昭夫との電話が終わった順子はなぜ久美子が自分のiPhoneを持っているのかいまいち整理がついていなかった。
「私のiPhoneを久美子ババが持ってる?」
「なんで?どうやって?」
「シロコロ食べてくるから家で待ってろ?」
「カラオケ歌ってくる?」
「ダーツも投げるって?」なぜかダーツが追加されていた。
順子はいろいろ考えながら昭夫に教えてもらった久美子の携帯電話番をプッシュした。
慎也の部屋に久美子の携帯電話の着信音「C.C.R」の「雨を見たかい」が流れだす。
「ん?」久美子は充電中のコードが繋がったまま折り畳み式携帯電話を開き、着信を確認した。画面の表示は非通知だった。久美子は携帯電話をそっと床に置いた。
「出なくていんですか?」慎也が久美子を見て言った。
「息子から非通知の電話には出ちゃダメって言われてるしね」しばらくすると「雨を見たかい」は鳴りやんだ。
続けざまに「雨を見たかい」が流れ出す。久美子が携帯電話を開き画面を覗き込んだ。「表示はまたも非通知だった。
「ちっ!」久美子は携帯電話を閉じ、放り投げるように床に放り投げた。間髪入れず3度目の「雨をみたかい」が流れだした。
どうやら純子のずっとかけてればいつかは気付くだろう作戦が実行されているようだった。順子の作戦は3回目へと突入していた。
「しつこい野郎だな!」久美子は携帯電話を開き、画面を見た。そこには三度、非通知と表示されていた。
「うるせぇな!コンチクショー!」久美子は携帯電話の電源を切ってしまった。慎也は身の危険を感じとりそっとその場から離れる事にした。
「あっ!切られた?」順子も負けてはいない。作戦は4回目へと移行していた。
「おかけになった番号は電波の届かない場所にあるか電源が入って・・・・」
「あぁっ!電源落としたな!」
もうこれ以上、純子にできる事は何もなかった。作戦終了である。順子はテレフォンボックスを出て昭夫に言われたとおり、家で久美子を待つほか手段が無くなってしまった。
「まぁ…自業自得よね…」順子は自分がiPhoneを無くした事を悔やんでいた。
「久美子さん、ちょっとベランダでタバコ吸ってきますね」と言って慎也が昌也を連れてベランダへと出て行った。慎也はタバコを吸わないが、こうでもしないと昌也と二人っきりになる口実がなかった。
「おいおいどうすんだよ!順子さんの住所わかるまであのババアの相手すんのかよ!」
「どうしましょう…」
「お前気に入られてんだからお前が相手しろよ」
「えっ!マジっすか?」
「マジだよ!俺はマックに行く!」
「まだマック行く気なんですか?」
「だって俺、昼なんも食ってねぇし」
「慎也さん久美子さんの事、心配じゃないんですか?」
「うーーーん」慎也は腕組みをして目を瞑った。
「ほら!ちょっとは心配なんじゃないですか!」
「うーーーん….はぁぁぁぁぁぁあああああ」慎也は大きなあくびをひとつした。
「あの人は放っておいてもどこでも生きてけんと思うけどな」
「これからどうします?」
「これから?」
「これからです」
「これからど〜こへ行こーうか♪」慎也は80年代にヒットした曲を歌ってみせた。
「大江千里だな…」
「なんすかそれ?」
「知らない?」
とその時、背後に何やら殺気のような気配を感じた。
「うわっ!びっくりした!」
振り返るとそこには久美子が窓ガラスに額をピッタリとくっつけて二人の様子をじっと伺っていた。
「なにやってんすか!」と慎也が言うと久美子は窓ガラスを開けた。
「あたいもタバコ吸おうかと思ってね…」
「うちは禁煙ですよ」
「おい!」
「冗談です。どうぞどうぞ」
「ちっ!」久美子は舌打ちをしてベランダへと出て行った。
すると慎也は「俺ちょっとキッチンで洗い物してますね」と言って部屋に入って行った。
「久美子さん、僕ももう一服付き合いますよ」と昌也が調子よく言うと久美子は「おぉそうかい」と言いながらタバコを1本取り出し口に咥えた。
「どうぞ!」昌也は自分のライターに火をつけ、久美子に差し出した。
「昌也君はほんと気が利くね」
「いやいや当然ですよ、てか久美子さん珍しいタバコ吸ってますね?」と言って昌也も自分のタバコを箱から取り出そうとして箱を軽く振ってみせた。
「1本吸ってみるかい?あたいはずっと昔からゴールデンバットなんだよ。最近はなかなか売ってなくてね」
(現在は販売終了しています)
久美子は自分のタバコを1本差し出した。昌也は自分のタバコをポケットにしまいこみ「すみません、では1本いただきます。」と言って口に咥えた。
「ほらっ!」今度は久美子が自分のライターで昌也のタバコに火をつけてあげた。
「あっ、ありがとうございます」
昌也は目をつぶり大きく吸い込み鼻から煙をはきだした。
「どうだい?」
「ちょっと辛い感じがいいっすね!」
「昔はフィルターもついてなかったんだよ」
「フィルターなし?そんなの吸った事ありませんね…」
久美子は「時代だよね…」と言ってベランダの柵によりかかり、空に向かっておおきく煙を吐き出した。
タバコを吸い終えた二人がベランダから部屋へと戻ってきた。キッチンで洗い物をしていた慎也も部屋に戻ってきた。
慎也はテレビをつけ、久美子の左隣に座ろうしたその時、久美子が「おい!おい!座んのかよ!」と慎也に向かって言った。
「はい?」慎也はかがんだまま空気椅子の体勢で返事をした。
「昌也君が言ってたホッピー飲ませてよ!」
「えっ!今っすか?」
「今に決まってんだろうよ」
「でもジョッキ2つしかないですよ」
ジョッキが2つしかないのは慎也がホッピーを三冷で1日に2杯にとどめておけるようにするためだった。
「あたいと昌也君はお客様なんだから二人に作ってよ」
「こんのババァ…」もちろん久美子には聞こえないように言った。昌也は慎也と久美子のやりとりが面白いらしくずっとニヤニヤしている。
慎也はしぶしぶキッチンに向かい冷凍庫からジョッキと取り出し、冷蔵庫からキンミヤ焼酎とホッピーを取り出した。
ジョッキに金宮焼酎を入れ、そこへホッピーを一気に逆さまにしジョッキに流し込んだ。
こうする事によりマドラーを使わずに焼酎とホッピーが撹拌される。最後はゆっくり瓶をおこしながら泡を作った。
キンミヤ焼酎とホッピーの割合は1:5、これでビールと同じくらいのアルコール度数になる。慎也は毎日作っているので焼酎の量は体で覚えていた。
「エクセント!」
慎也は大声で叫んだ。ホッピーが完璧にできたとき、慎也は賞賛の声を自分に贈る事にしていた。
久美子はこの声に少しびっくりした。
「ヒッ!脅かすんじゃないよ!このバカタレ!」
「ヒッ!」久美子が発したその声に慎也も驚いた。
慎也はこれを2杯つくり久美子と昌也の前においた。
「はいはい!これが三冷ホッピーですよ!どうぞお召し上がりください!」
「あんたは飲まないのかい?」
「俺は夜まで我慢します」
「つまんない男だね!」
慎也は思った。「こんのババァ!ジョッキが2個しかねぇんだよ!口をホチキスで止めてやろうか…」もちろん久美子には聞こえないように言った。
「慎也さんいただきます!かんぱ~い!」
昌也の発声とともに久美子と昌也はグラスをぶつけた。
二人はグビグビと喉を鳴らしてホッピーを胃に流し込んだ。それを見ていた慎也は「ホッピーとっても飲みたい症候群」になってしまったが「昼にお酒を飲まない協定」を自分自身と結んでいた為、ぐっとこらえ炭酸水をガブのみした。
「あら美味いねぇ!うちの店でもやろうかね!」と久美子が言った。
「えっ!久美子さんなんかのお店やってんですか?」昌也がジョッキを持ったまま尋ねた。
「一応カラオケスナック経営してんのよ、ジジ、ババ相手だけどね」
慎也は思った。「あんただってババだろうが!」もちろん久美子には聞こえないように言った。
密室空間で聞こえないように声に出して言うにはあまりにもリスクが高すぎたか慎也はこのスリルを楽しんでいた。
「これツマミにどうぞ!」慎也は古川名物「パパ好み」を一つずつ二人に手渡した。
「ちょっと?あんたなんでこれ持ってんのよ?」と久美子が言った。
「えっ?これ知ってるんですか?」
「知ってるもなにも松倉(パパ好み製造会社)はうちの店の直ぐそばだよ」
「えぇ!久美子さん宮城なんですか?」
「さっき言っただろうがよ!」
慎也は「さほど興味がないので聞いてませんでした」と言おうとしたがもちろんやめておいた。
「俺、両親が宮城の池月にいるんすよ。なんでたまに送ってくれるんです。おつまみに最高ですよね」
「ちょっと!あたい今日、古川から新幹線乗ってきたんだよ!」
「えっ!マジっすか?」
「そうだよ!あたいは福沼に住んでて古川でスナックやってんだよ。今度、帰省した時にでも寄ってきなよ!」
「えーーー!凄い偶然っすね!是非お願いします」
と言った慎也だが久美子のスナックに寄る気などサラサラなかった。なぜなら古川駅は陸羽東線への乗り換え駅でほとんど外には降りた事がなかったのだ。
「うんとサービスしてやんから!」
「いや~!楽しみができまたね!」と言ってみた慎也だがもちろんただの社交辞令だった。
すると久美子が「じゃ電話番号教えてよ!ワン切りすんから?」と言った。
「えっ!」慎也はビビった。「ただの社交辞令だったのに…」小さくつぶやいた。
「えっ!ってなんだい?番号言うぞ!」
「あぁぁぁぁはい…」慎也はしぶしぶiPhoneを手に取った。
「080-6543-123」今かけてみな!」
慎也は仕方なく久美子の電話番号をプッシュした。
久美子の携帯電話から「C.C.R」の「雨をみたかい」が流れだした。
「はいもしもし」
「いや出んのかい!」慎也は激しく久美子に突っ込みながら久美子の頭をはたこうとしたが、さすがにそれはできなかった。そんな事したらまた体のどこかが痛い思いをする可能性がある事はわかっていた。
「わりぃわりぃ電話でちゃったね!これで登録しくからね!お前も登録しとけよ!」
「はい、わかりました…」
慎也は言われるがままに登録する事にした。
「え~っとモンチッチでいいかな…後で消せばいいし…」
慎也はカタカナで「モンチッチ」で登録した。
「お前なんて登録した?」
「えっ!久美子さん(古川)です。」
「本当か?」
「久美子ババァとかじゃねぇだろうな?」
「そんなわけないじゃないですかぁ!久美子さん(古川)で登録しましたよ」
昌也が慎也のiPhoneを覗き込んだ。慎也は慌ててiPhoneをジーンズのポケットにしまい込んだ。久美子は慎也をじっと見ている。
「あやしいねぇ」
「あっ!もう一杯飲みますか? 次は三冷じゃなくなりますけど?」
と言って慎也はすくっと立ち上がった。
「もう大丈夫!美味しかったよ!夜もあるからちょっと休ませてもらうよ」
「えっ!寝るんですか?」
「シロコロまでまだ時間あんだろ。タオルケットかなんか頂戴」慎也は怪訝そうな顔をして昌也と目を合わせた。
久美子は「タオルケット!」と言って座椅子をさらに寝かせ、寝る体勢を取った。
慎也は「はい、今持ってきます」と言って押し入れからタオルケットを取り出し、久美子の首から下に覆いかぶさるようにかけてあげた。
「ありがとう」久美子はそう言って目をつぶった。
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