第十一話 朝というか昼

その頃、昌也が拾ったiPhoneの持ち主は…

「ブーブーブーブー」(車の盗難防止ブザーの音です)

順子は自宅マンション内に停めてある車の盗難防止ブザーの音に起こされた。

「うるさいなぁ…」

「誰の車よ!」順子は車を持っていなかった。

順子は厚木市内の大学に通う大学生で年齢は21歳、一週間前に本厚木に引っ越してきた。

それまでは祖師ヶ谷大蔵にある実家で暮らしていたが3年生からキャンパスが厚木にかわるのを機に本厚木に引っ越してきた。

アルバイト先も本厚木で、高校時代からの友人「英子」がアルバイトをしている本厚木にあるBAR「80´s」で働いていた。

英子もまた大学生で順子と大学は違うが本厚木で一人暮らしをしていた。順子がBARでアルバイトをしているのには理由があった。

高校生の時に偶然、夜中にテレビで見た映画「ビック・リボウスキ」で主人公が飲んでいたカクテル「ホワイト・ルシアン」に興味を持ち、カクテル図鑑を買っていろいろ調べているうちに自分でもカクテルを作りたくなってきてしまい、BARのバイト先を探していた。

偶然、英子がBARで働いていたので頼み込んで雇って貰えるようにしてもらった。

働き出してから約1年だが今ではカクテルレシピを見なくても、お店のメニューにある約50種類のカクテルを作れる程の腕前で、一人で店を任せられる事もあるくらいオーナーからも信頼されていた。

しかし順子はあまりお酒を飲めなかった。

カクテルを50種類も作れるのにもかかわらず。まったく飲めない訳ではないが好んで飲む事はしなかった。

その理由は「お酒って美味しくないから」だった。カクテルを50種類も作れるのにもかかわらず順子はお酒が好きではなかった。

自分の作ったカクテルを人が美味しそうに飲んでくれるのは嬉しかったが、自分で飲む事はほとんどしなかった。

そんなんでどうやって自分で作るカクテルの味を確かめていたかと言うと、オーナーが作ったカクテルに人差し指の腹ですこし触れ、それを舌にあてて味を確認するだけで何がどのくらいの割合で入っているのかがわかってしまう超人だった。

順子は「奇跡の舌」のゴットタンを持っていた。

昨夜はBARが閉店した後に、英子の誕生会が行われれていた。誕生会と言ってもオーナーと順子、主役の英子3人での誕生会だった。

各々がカクテルを作り、皆で飲みあって英子の誕生日を祝う企画だった。

普段はお酒を飲まない順子も今夜はお祝いなので1杯だけ飲む事にしていた。

まずは今夜の主役、英子のリクエストでオーナーが「ホワイトレディ」を3杯分作り始めた。順子と英子はオーナーの作る姿をじっくりと見つめている。

シェーカーからグラスに注がれたそれはまさに「白い貴婦人」という名前にふさわしいたたずまいだった。

「綺麗…」英子は思わず声にだして言ってしまった。

「乾杯するよ!」と言ってオーナーがホワイトレディーが入ったグラスを手に取る。

順子は「勉強の為に一枚だけ写真撮らせてください!」と言って急いでiPhoneで写真を撮った。

「はい!オッケーです!」

「では!英子ちゃん誕生日おめでとう!」オーナーに掛け声とともにグラスを合わせた。

3人はピスタチオをつまみに、カクテルを飲みながらしばし談笑していた。

オーナーと英子がホワイトレディーを飲み終えそうだったの順子が「2杯目はわたしが作りまーす!と言ってカクテルの王様「ドライマティーニ」を作り始めた。これもまた英子のリクエストだった。

順子はまだ「ホワイトレディー」を一口飲んだだけだった。

オーナーと英子は順子が作ったドライマティーニを飲み始めた。

「しっかし、よく指の腹で味を確かめるだけでカクテルの割合とかわかるね?」オーナーも順子の舌には感心するばかりだった。

「なんか小さい頃に行った中華料理店のマスターが作ったものを味見するときにそうやってたんですよね」

「でもそれは多分味見だよね」

「料理するようになってそれを思い出して真似してみたら、何がどのくらい入っているのかわかっちゃたんですよね」

「凄い才能だね!でもお酒は飲まないんだね」

「美味しいとおもわないんですよね。でもカクテル作るの楽しいんでいいんです」

そんな話をしているとドライマティーニもなくなりそうになってきたので3杯目は順子がカクテルにはまったきっかけとなった「ホワイト・ルシアン」を英子が2杯分作ってみせた。

順子のホワイトレディーはまだ半分残っていた。

2人が3杯のカクテルを飲み終える頃、順子はやっとこさ、ホワイトレディーを飲み切った。

すると順子の様子が少しおかしくなってきた。

何がおかしいのかわからないがヘラヘラと笑い出した。

「順子!すんげぇ笑ってんね?酔ったか?」とのオーナーと問いかけにもずっと笑っているだけだった。

「じゃぁそろそろお開きにしまーす!店閉めるよ。タクシー呼ぶ?」とオーナーが順子と英子に尋ねた。

英子がそれに答えた。「私タクシーお願いします『じゅんじゅん』は?」

「じゅんじゅん」とは英子が順子を呼ぶときの呼び名である。

「わたしは大丈夫!近いので歩いて、夜風に当たって帰りま~す、さよなら!さよなら!さよなら!by淀川長治」と言って右手で敬礼をしてみせた。

オーナーと英子は目を見合わせ、お互いが首を横にかしげ笑っていた。苦笑いである。

「ではお先に失礼しまんと川!」と言って順子はドアへ向かって歩いていった。

そんな順子の様子を見たオーナーが英子に言った。

「あんな事言う娘だったっけ?」

「私もが『じゅんじゅん』があんな事言うの初めてみましたね」

「カクテルが効いちゃってんのかな?」

「かもしれませんね…」

「1杯だけど…」

ドアの前まで行った順子はなぜかドアの前で突っ立っている。

「どうした順子?」オーナーや順子に声をかけた。

その声に反応した順子は目を瞑り首を後ろにそらし上を向き両手をあげた。そして一呼吸おいてから「開け~ゴマアザラシ!」と叫んだ。

それを見たオーナーは順子を凝視し眉間にしわをよせた。

「どどどどどうした順子?」オーナーは動揺を隠せなかった。

順子はまだ両手をあげて目を瞑っていた。いつまでもドアの前に立ったまま出て行かない順子にオーナーがおそるおそる声をかけた。

「順子さんそれ自動じゃないけど…」順子に行動に動揺を隠せないオーナーはなぜか敬語だった。

オーナーはドアのところまで行き手で押してドアを開けてみせた。順子はまだポーズをとって固まっていた。

すると突然「シェイ!」と言ってポーズを解除しオーナーを睨んだ。そして大きくうなずき、店を出て行った。
それも見たオーナーが今度は固まってしまった。出て行った順子にオーナーがおそるおそる声をかけた。

 「順子大丈夫か?送ろうか?」と言ってくれたオーナーに順子は振り返りもせず「I’ll be Back」と言って右手をあげた。かなり酔っている様子だった。

今朝は前日にそんな事があってからの朝だった。

「あれっ?なんでここで寝てるんだろ?」

順子はベットではなく、ビーズクッションを枕にしてフローリングの上で寝ていた。

昨夜、カクテル一杯で酔ってしたまった順子は昨夜の事をまったく覚えていなかった。

「まぁいっか…」

まだ眠かった順子はブザーがおさまるとベットへ移動し、また目をつぶってしまった。

「ブーブーブーブー」

すると再び車の盗難防止ブザーが鳴り出した。

「あ~うるさい!何台車盗む気よ!」

順子はベットから立ち上がり髪の毛を掻きむしりながら冷蔵庫向かった。

冷蔵庫から作り置きしておいた麦茶を取り出しコップに注ぐ。

左で麦茶、右手は腰にあて、麦茶を一気に飲み干した。THE銭湯スタイルだった。

「ふぅ…あっ!今日って!」

壁にかけてある「JRAカレンダー」に目向けた。

今日の日付には「くみこババ」と書いてあった。因みに4月のJRAカレンダーの写真はエアグルーブだった。順子は競馬が好きだった。

「やばい!」順子はiPhoneの充電器があるベットの枕元を見た。

「あれっ?」

いつもベットの枕元ににあるはずのiPhoneが見当たらない。

「今何時?」

テレビをつけ、リモコンの表示スイッチを押し時刻を確認すると12時01分だった。

「あれっ!もうこんな時間!なんで目覚まし鳴らなかったんだろ?」

順子は毎日朝7時にセットしていたのiPhoneのアラームが鳴らなかったのを不思議に思った。

順子の部屋に時計はなかった。時刻はiPhoneやテレビで確認できるので時計はいらなかった。

「今日って『久美子ババ』来る日じゃん!着く時間を携帯で連絡するって言ってたっけ!」

順子はこの部屋にあるはずもないiPhoneを探し始めた。

「あれっ!どこだろ?」

机の上、バックの中、キッチン、ベッドの上、トイレ、お風呂…いろいろ探してみたがiPhoneは見つからなかった。

「どっかに忘れてきたとか…」

順子は昨日の記憶をたどりはじめた。

「最後にiPhone使ったのは…あれっ!私どうやって帰ってきたんだっけ?」

順子は昨日、最後にiPhoneを使ったのをいつだったかを思い出そうとしたみたが、どうやって帰ってきたのかすら覚えていないようだった。

「やばいな…えっと…昨日はバイト行って、英子ちゃんの誕生会やって…」

「あっ!そん時カクテルの写真撮ったわね…けどその後の記憶がないな…」

順子の記憶は一杯目のカクテルの写真を撮ったところで終わっていた。

「英子ちゃんにLINEしてみるか」順子はまた枕元を見た。

「あっ…iPhoneないんだけっけ…」

順子は思わず叫んだ!

「iPhoneないと誰とも連絡取れねぇー!」

順子の部屋に家庭電話はなかった。iPhoneがあれば必要なかったので買わなかったのだ。

「あっ!iPhoneを探すで調べられるか!」

順子は前に友達がiPhoneを無くした時にパソコンを使ってiPhoneのある場所を確認した話を思い出した。

「さすが私!冴えてるー!」

順子はノートパソコンのACアダプタをコンセントに差し込み、インターネットを立ち上げた。

AppleのホームページからApple IDを入力し、パスワードを入力しようとしたところで純子は固まってしまった。

「パスワードなんだっけ?」

Apple関連の捜査はiPhoneの指紋認証でログインしていたのでパソコンでログインした事がなかった。

「iPhoneのメモ見るか」順子はこんな時のためiPhoneのメモ機能にいろいろなサイトのログインIDとパスワードを記録していた。

「iPhone無ぇー!」

とりあえず思い当たるふしのパスワードを入力してみた。すると

「プチュン!」

いきなりパソコンが落ちてしまい、画面が真っ暗になってしまった。

「えっ?なになに?Appleってパスワード間違えるとパソコンの電源落ちるんだっけ?」

そんなバカな事あるはずもなく、順子がコンセントに差し込んだプラグはノートパソコンのではなくプリンタのプラグだった。

順子のノートパソコンは中古で安く手に入れたものだったので内臓バッテリーはほとんど死んでいた。

順子はノートパソコンの電源ボタンを押してみたが当然ながらなんの反応もしなかった。画面は暗くなったままだった。

「えっ!なになにこれ!こんなことあんの?」

順子は何度も何度も電源ボタンを押してみた。しかしパソコンは相変わらず、何の反応もしなかった。

「ひぇー!どうしよう!てかとりあえず久美子ババと連絡とらなきゃ…」

順子はすでに本厚木に来てるかもしれない久美子と連絡をとる方法を考える事にした。

iPhoneがないと誰の連絡先もわからない。順子は床に体育座りをしカレンダーのエアグルーブを「ぼーっと」見ている。

「どっかから久美子ババに電話するしかないのか…どっから?」

順子は目をつぶってしばらく考えた。

「公衆電話しかないよね…でもどこにあんだろ、公衆電話って…」順子は公衆電話を使った事がなかった。

順子はウェアハウスのジーンズを履き、フードのついたチャンピオンのリバースウィーブのスウェットを着て公衆電話を探す旅にでる事にした。

「駅に行けばなんとかなるかな?」

順子はとりあえず公衆電話がありそうな本厚木駅に向かう事にした。

第十二話へと続く….

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