第三話 タクシー乗り場にて

昌也は愛甲石田駅から徒歩で10分くらいのところにある実家で両親と一緒に暮らしている。この時間、もう電車はないので家に帰る方法は徒歩かタクシーとなる。

「とりあえず北口向かうべ」と慎也が言った。

「そうですね…じゃあラーメンでも食って帰りますか?」

「んっ?もうお腹いっぱいだよ。こんな時間じゃどこもやってねぇだろ?」

「吉野家ならやってます。牛丼食いますか?」

「ラーメンじゃないし…腹いっぱいだって…」

「そうですか…軽く蕎麦ならいけるんじゃないですか?富士蕎麦なら24時間あいてますよ」

「あのね?俺の話聞いてますかね?」

「あっ!思い出しました!だるまの目(ラーメン)は朝6時までやってますよ!」

「だからね!俺の話聞いてる?もうおなか一杯、胸おっぱいなの!」

こんなアホなやりとりをしながら歩くこと数10分、二人は本厚木駅北口にあるタクシー乗り場にたどり着いた。タクシー乗り場にはタクシーはいなかったが待っている客もいなかった。

「すいてんじゃん!ほんじゃ俺チャリだから行くわ」

慎也は飲み会前に本厚木駅東口付近にある駐輪場に自転車をとめていた。

昌也は大きなあくびをひとつつき「明日も太平洋(パチンコ店)でいいですか?」と言った。

慎也は「おけ!ちゃんと帰れよ!」と言って右手を軽く上げた。

「お疲れ様です。コーヒー飲んで煙草吸ってからタクシー乗って帰ります」

「こんなとこで寝んなよ。目がとろんとしてんぞ…」

「大丈夫です。お疲れサマンサ!」と言って昌也は慎也に軽く会釈をした。

慎也は首を傾げ「なんだお疲れサマンサって?それを言うならお疲れサマーキャンドルだろ!」と意味不明な言葉をつぶやき、杏里のサマーキャンドルを口ずさみながら駐輪場へと向かって歩き始めた。

「いつま〜で〜も〜 サーマーキャンドゥ」キャンドルのドルの部分だけがやけに英語っぽい発音だった。

慎也と別れた昌也はコンビニに入り、コーヒーを物色していた。「やっばビールにしよ!」昌也はコーヒーではなく缶ビールを飲む事にした。缶ビールを買い、タクシー乗り場に戻るとタクシーが数台停まっていた。

昌也はまだタクシーには乗らず、ミロード前(本厚木の駅ビル)にある階段に腰を下ろした。上着のポケットから煙草を取り出しフィルターに「フッ!」と息を吹きかけた。そしてタバコに火をつけてから缶ビールのタブをあけ、一口飲んだ。

「んっ?」昌也は缶を凝視した。昌也が手にしていたのはノンアルコールビールだった。

「だから安かったのか」どうやら誤ってノンアルコールビールを購入してしまったようだった。

「ビールと缶似すぎでしょ!だったら年齢確認させんじゃねえよ!」昌也はレジでの事を思い出していた。「なんでノンアルコールなのに年齢確認すんのかな?」昌也は缶を灰皿にする為にノンアルコールビールを一気に飲み干した。

「ひくっ…ひくっ…ひくっ!」

すると炭酸を一気に飲んだことの影響か「ひゃっくり」が出始めた。

「ひくっ…ひくっ…ひくっ…」誰もいない静かな夜の街に昌也のひゃっくりが響き渡る。

「あれっ!なんだとまんないぞ!ひゃっくりってどうやって止めるんだっけ?なんかおまじないがあったような…」

「ひくっ…どうしよう!止まらない…」ひゃっくりはまるで止まる気配がなかった。

「テクマクマヤコンか!」昌也は妙なセリフをつぶやいた。どうやら「テクマクマヤコン」でひゃっくりと止めようとしているらしい。昌也は思いっきり息を吸い込んだ。

「テクマクマヤコンテクマクマヨコンひゃっくりを止めてください!」
「テクマクマヤコンテクマクマヨコンひゃっくりを止めてください!」
「テクマクマヤコンテクマクマヨコンひゃっくりを止めてください!」

と3回同じワードを息継ぎなしで繰り返した。

「ひくっ…ひくっ…ひくっ…ダメだな…」

当然ながらこんなんでひゃっくりが止まるハズもなかった。今度は息を思いっきり吸い込んで息を止めギリギリまで粘ってみた。

「ひくっ…ひくっ…ひくっ…ダメか…」結果は同じだった。顔が真っ赤になり、苦しいだけだった。

その頃慎也は・・・

「鍵がねぇ!」

駐輪場で自転車の鍵を探していた。ジーンズの前のポケット、後ろのポケット、M65(フィールドジャケット)の左右のチェストポケット、ウエストにある左右のポケットというポケット全て手を突っ込んでみたが鍵はどこにもなかった。

はたから見ると野球チームの監督が打者、走者になんらかのサインを送っているような動きだった。

「あれ~!どこだべ?また落としたか?」

慎也はお酒を飲んた時、自転車の鍵を無くしてしまう事が多々あり、いま自転車についている鍵はすでに3代目だ。慎也は自転車の鍵にキーホルダーをつけていない。小さな薄っぺらい鍵だけで施錠、開錠をしていた。お酒を飲む前に「ここなら無くさないだろ!」と思ったところに鍵をしまうのだが、飲んだ後はどこに閉まったのか忘れてしまうお馬鹿さんだった。

翌日、老眼鏡ケースから自転車の鍵が出てくるなんてことも珍しくなかった。

「またやっちったよ!チャリ引っ張るのかったりしいし今日は歩いて帰んかな…」

慎也は本厚木駅から歩いて約5分のところにあるワンルームマンションに住んでいた。自転車は通勤にも利用している。いつもなら飲み会前に一旦家に帰って自転車を置いてから飲みに出かけるのが通常だった。

今日は仕事の都合上、宴会開始時間ギリギリになってしまったので会社から直で本厚木駅近くの駐輪場にとめて飲み会に参加していた。

自転車をあきらめて歩いて帰ろうとした時、慎也のiPhoneが鳴り出した。

「Com on feel the noize Girls rock your boys !」

「ぎゃっ!」

夜中の誰もいない駐輪場で自分のiPhoneの着信音にびっくりし思わず声を出してしまった。

「誰だこんな時間に!」着信は昌也からだった。時刻は午前2時をまわっていた。

「どうした?」

「すみません。なんかちゃっくりが止らないんです!なんか止める方法ありませんでしたっけ?」

「なんだ?ちゃっくりって?」

「ちゃっくりじゃないです。ひゃっくりです。なんかおまじないみたいのありましたよね?」

「ひゃっくり止めるおまじない?」

「はい」

「そりゃーお前、あれだよあれ」慎也は鼻をこすりながら考えた。

「はい、なんだしたっけ?」

「なんだしたっけってなんだよ?」

「なんでしたっけ?です」昌也はかみかみだった。

「あれだよあれ!おまじないだろ?」

「はい」

「おまじないって言ったらラミパスラミパスルルルルルーじゃない?」慎也は思いついたおまじないを昌也に伝えた。

「そっちか!ひくっ!」

「息継ぎなしで行けるとこまで繰り返せ!」

「わかりました!やってみます!」

「まだ近くにいんから水持ってってやんよ。それまでラミパスラミパスルルルルルーね!」

「了解です!やってみます!」と言って昌也は電話を切った。

「ひくっ…えーっと….なんだっけ…」昌也は電話を切った瞬間に慎也に教わったおまじないを忘れていた。かなり酔っているようだ。

昌也は右斜め上を見上げ腕組みをし、慎也に教えてもらったおまじないの言葉を思い出そうとしていた。

「あっ!思い出した!」

昌也は左手の手のひらを右手の拳で「パチン」と叩いた。思い出したおまじないは「クルクルバビンチョ パペッピポ ヒヤヒヤドキッチョのモーグタン」だった。

「んっ?これなんのおまじないだっけ?」とつぶいた昌也のひゃっくりはいつのまにか止まっていた。

第四話に続く…

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