第十二話 慎也宅にて

「ふぅ…ほんとに俺ん家行くんだな…」

慎也は前を歩く昌也と久美子を見ながら深いため息をついた。

「久美子さん俺の右側歩いてください、そっちだと車あぶないんで」と昌也は久美子に声をかけた。

「昌也君は気が利くねぇ、誰かさんと大違いだね」

慎也は道路に顔を向けて、久美子に聞こえないようにつぶやいた。

「モンチッチめ!黙りやがれ!」

慎也は悪口を言う対象の人が近くにいるのにも関わらず、その人に聞こえないように悪口を言うのが得意だった。

「久美子さん、お酒は飲むんですか?」昌也が久美子に訊いた。

「飲むよー!今日だってシロコロで一杯やるの楽しみにしてんだから!」

「いいですねぇ!久美子さん、慎也さん家ではなんと三冷ホッピーが飲めますよ!」

「えっ?何だいそれ!」

「まった余計な事を…」慎也は昌也のお尻を右トゥキックで軽く蹴とばした。

「痛っ!」昌也は蹴られた瞬間ちょっとジャンプした。それを見た久美子が立ち止まり慎也の方を振り返った。と同時に慎也も後ろを振り返った。

慎也は久美子と目を合わせないようにして二人の前に出て歩きだした。

✳︎「三冷ホッピーとは」あらかじめ、ホッピー、キンミヤ焼酎をよく冷やし、ジョッキは冷凍庫で凍らせておく、その三つがすべて冷えている事で三冷をしめしている。この三つを使う事でキンキンに冷えた美味しいホッピーが作れるのであ~る!

慎也のお勧めの飲み方は「ハーフ&ハーフ」だ。ホッピーにもビールと同じように白と黒があり、半分ずつ注いで出来上がるハーフ&ハーフが好きだった。

白のすっきり感と黒の甘さが加減が絶妙にマッチして美味しい、慎也のお気に入りの飲み方だった。

その為に慎也はホッピーとキンミヤ焼酎を定期的にAmazonで購入していた。

三冷ホッピーとの出会いは何年か前の「鮎祭り」の日にふらっと入った居酒屋だった。

その時飲んだ冷えっ冷えの三冷ホッピーの衝撃は今でも忘れられない。まさにディープインパクトだった。

「ホッピーってこうやって飲むもんなんだな…」 

慎也は一時期、健康診断の結果がいろいろとおもわしくなかった。アルコールが原因だとわかっていながらも「プリン体0ゼロ、低糖質、低カロリーのホッピーなら問題なし!」と勝手な解釈をし、家では毎日ホッピーを飲んでいた。

「ここっす!」

慎也は久美子の目を見て、ぶっきらぼうに自宅マンションを指を差した。

「いいとこ住んでんじゃんかよ」

「6階まで階段なんですけど大丈夫ですか?」

慎也はまだ久美子を部屋に入れたくないようだった。

「はぁ~見た感じ高さ31m以上あんだろ?」

「えっ?なんすかそれ?」

「最上階は10階かい?」

「ですね」

「だったらエレベーターがあんだろ!31m以上あるマンションにはエレベーターの設置義務が建築基準法できまってんだぞ!」

「いや健康のため階段の方がいいかな~なんて…」

「あたい疲れてるって言ったよね?」

「はい…」慎也は残念そうに小声で返事した。

「でもなんで建築基準法で決まってるとか知ってるんですか?」と昌也が久美子に訊いた。

「まぁあたいだってこの歳になるまでいろいろやってきたからね。高さ31mを超えるマンションにはエレベーターの設置が義務づけられてんだよ」

「へぇ!そうなんですね!知らなかったです」昌也が関心している。

「僕の知り合いが住んでる中古マンションは5階建てなんですけどエレベータがないんですよ、そういう事だったのか」

「大変そうだね」

「食材を沢山買ったときとかけっこう大変みたいです」

慎也はその話を聞きながら「5階までエレベーターがないと大変な事はその中古マンション買う前から分かってたことだべよ」と思ったが口には出さなかった。

3人はロビーに入り、丁度降りてきたエレベーターに乗りこんだ。

慎也が6Fのボタンを押す。

エレベーター内に貼ってある張り紙を見た久美子が「柵登ってマンションの中に入ってくるバカがいたの?」と言って慎也を見た。

慎也は「気を付けないとですね…」と言って久美子の髪型をみて、どうやったらモンチッチみたいな髪型になるのかを考えていた。

「どこ見てんだい?」

「いやっ…なんでもありません」

「髪の毛になんかついてるかい?」

「いやっ…なんでもありません」

「一つ教えとくけどね、男って女性の胸元が気になってチラッと見ることあんだろ?あれ見られた方は分かってんから気をつけな!」

「えっ!マジッすか?」昌也が即答した。昌也は胸フェチだった。

「マジもマジ!」

「やばいっすね。気をつけます」

 エレベーターが6階につき、先に降りた慎也が「ちょっと部屋片づけるから待っててください」と言って一人、部屋へと入っていった。

久美子と昌也は話をしながら慎也が部屋を片付けるのを待つことにした。

「どうやって順子さんと連絡つけましょうかね…」

「困ったもんだね」

「厚木にはいつまでいる予定なんですか?」

「1泊の予定だよ。明日は曳舟の姉のところに行く予定」

「そうなんですね」

「じゃあ早く順子さんと連絡取れるといいですね。」

「だよなぁ」

「ガチャッ」慎也が部屋の扉を開け「おっけーです」と二人に声をかけた。

「失礼するよ」と言って久美子は部屋の中へは入っていった。

慎也は「失礼すんなら帰ってくれ」とつぶやいた。もちろん久美子には聞こえないように…

「綺麗じゃんかよ」と言って久美子は部屋の中を見渡している。

「座椅子用意したんでここで休んでください」慎也は久美子に座椅子を差し出した。

久美子は「気が利くとこもあんじゃんか」と言って座椅子に座ると足を伸ばし、少しリクライニングさせ、どっかりと座った。

そして「ふぅ~」とため息をついて目を閉じた。

慎也は思った。「子供の頃、家の本棚に飾ってあったモンチッチもこんな感じだったな…足の裏に俺の名前が書いてあったっけ…」もちろん口には出さなかった。

昌也には薄っぺらい座布団を放り投げ「そっち座ってろ」と言って久美子の右隣りを顎で合図した。

久美子が目を開き 「そんで?これからどうすっかね?」と2人に尋ねた。

「やっぱ順子さんの家電に電話するのが一番じゃないっすかね?」と慎也が言うと「だから携帯電話の番号しか知らないって言っただろうがよ」と久美子がダルそうに答えた。

「じゃあやっぱり、順子さんのお母さんかお父さんに電話して住所と家の電話番号聞いてもらうしか方法はありませんよ」

「わかったわかった!またちょっと息子の携帯に電話してみるよ」

「ちなみに順子さんが親と一緒に住んでた家は知ってるんですよね?」

「なんでだい?」

「いやほらもしですよ?順子さんに会えなかった場合はそこに行けばいいんですよね?」

「はぁ~…それがね。あたい息子の嫁と仲良くないんだよ!」

「えっ?」

「だいたいあの嫁、あたいが東京出てくると家に泊めないでホテル予約しやがんだよ!」

「えっ?」

「順子と会うにも外で合わせやがんだよ!どう思うよ?」

すると昌也が「マジっすか!それは酷い嫁ですね!許せませんね!久美子さんにそんな仕打ちするなんて」と言った。なぜか久美子を見る目がウルウルと輝いていた。

「そうだろう!そうだろう!昌也君、わかってくれるかい!」

「わかります、そのお気持ち!!」久美子と昌也はがっちり両手を握りあっていた。

「どうしたんだ昌也!お前はそんな奴じゃないだろ!自分の事しか考えない自己中野郎だったろ!順子はきっとブスだよ」慎也は心の中でつぶやいた。

「とりあえずもう一回息子に電話してみるよ」久美子は折り畳み式のガラケーを開き昭夫(息子)に電話をする事にした。

「だめだね、出ないわ」

「まじっすか!じゃあやっぱ、順子さんの実家に電話してみてください」

「気が進まないね、今回だって嫁にはこっちくる事言ってないんだよ」

「そうなんすか….でも電話してもらわないと…」

「仕方がないね…」

久美子は息子夫婦が住む祖師谷大蔵の家に電話する事にした。

「はい山後です!」

「彩さん?わたし、久美子だけど」

「あら、お義母さん、何か御用ですか?」

久美子は思った。「いきなりこれだよ、普通は『お元気ですか?』とかじゃないのかよ? 」

こうなったら久美子も余計な事を話すつもりはない。

「順子の引っ越し先の住所と家の電話番号教えてほしいんだけど?」

「あら直接お聞きならればいいのに!」

(慎也!なんか書くもんちょうだい!)久美子はゼスチャーで慎也に合図した。

久美子は携帯電話の受話口を抑え「チッ!気が利かない男だねぇ」と言って舌打ちをして慎也を睨んだ。

すると彩は「えぇっと、お義母さんすみません。私これからすぐに出かけなきゃならないんであとで連絡させますので!」と言って彩は電話を切ってしまった。二人はよっぽど仲がよくないようだ。

「ちっ!あんのクソ嫁が…あとで連絡させるってどういう事だよ…」電話を切られた久美子は慎也をにらめつけた。慎也はとっさに目をそらした。話の内容がわからないが久美子が怒っている事だけはよくわかった。

「もうちょっと時間かかるかもだけど住所と電話番号わかりそうだよ」

「「よかった~!」」慎也と昌也は同時にハモッて答えた。すかさず慎也が「ハッピーアイスクリーム!」と言った。

「なんすかそれ?」昌也がきょとんとしている。

「知らない?」

「はい…」

久美子は「ハッピーアイスクリーム」の意味を知っていたがあえて無視し、携帯電話を床に置いた。

ハッピーアイスクリームとは慎也が子供の頃、会話中に二人以上が同じタイミングで同じ言葉を発した時に一番早く「ハッピーアイスクリーム」と言った人にアイスをおごる。

というおまじないというか会言葉のような遊びで、実際にアイスをおごってもらった事はなかったものの、このようなシチュエーションになると今でもこの言葉を発してしまう慎也であった。

ちなみに慎也は子供の頃、「ハッピーゲームウォッチ!」と言い換え、あわよくばゲームウォッチを買ってもらおうと試みたものの小学生がゲームウォッチを買えるお金など持っているわけもなく誰も相手にしてくれる人はいなかった。

 「えぇっと…これで一安心ですね。」昌也が二人に向かって語り掛けた。

「んじゃ行きましょうか!」慎也は久美子に向かって言った。

「どこへ行くんだよ!」

「えっ?順子さんの家行きましょうよ!俺、厚木に住んで52年!知らないとこなんてありませんから!お任せください!」慎也は自信満々で答えた。

「あせるんじゃないよ!まだ連絡が着てないだろうがよ!そんなにあたいに出てってもらいたいのかよ?」

「そ・そんな事ありませんよ…早く順子さんに会いたいんじゃないかな~と思ったりしたりなんかして」

「連絡が来るまでここで待つよ!」

「ですよね…」慎也はまた肩をかっくりと落としてその場に座った。

第十三話へと続く・・・・


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