第五話 迷采配再び

駐輪場に着いた慎也はお酒をんでいたので自転車には乗らず、押して歩いて帰る事にした。以前は当たり前のようにお酒を飲んでも自転車で帰っていたが「道路交通法第65条 」何人も、酒気を帯びて車両等を運転してはならない。を知ってからはお酒を飲んだら自転車を引いて帰るようにしていた。

はトゥイステッド・シスターの「We’re Not Gonna Take It」に変わっていた。マンションに向かっている道中、慎也はある事に気がつく。

「あっ!マンションの鍵ねぇじゃん!」

自宅マンションに入る為に必要な鍵がないのだ。先ほど、あれほど自転車の鍵を探した時に何も出てこなかった事を思い出していた。マンションに着いた慎也はまたまたポケットを探りはじめた。

「さっきあんだけ探したのになかったからな…」

ジーンズの前のポケット、後ろのポケット、M65(フィールドジャケット)の左右のチェストポケット、ウエストに左右のポケットにも手を突っ込んでみたが鍵はない。コインポケットにも鍵は無かった。

先ほどと同じように野球チームの監督が打者、走者になんらかのサインを送っているような動きだった。ちなみにサインはさっきとまったく一緒だった。

「デジャブ!」慎也はマンション前で叫んだ。

しかしデジャブではない。デジャブとは過去に体験したことのない、初体験であるはずにも関わらず、同じような事を体験したことがあるかのような感覚に包まれることを言うので今回はデジャブではなかった。慎也は数分前に同じ体験をしていた

「今度はマンションの鍵かよ」

慎也の住んでいるマンションはオートロックなので鍵が無いとエントランスからロビーにも入れない。

マンションに入るにはロビーで鍵を使い自動ドアを開けて入るか、マンション階段へ直接アプローチできる扉を鍵で開けて入るかのどちらかしかない。

当たり前だが鍵がなければ中には入れないのだ。しかし慎也はこんな時の為に部屋の前にあるエアコンの室外機の下に合鍵をケースに入れて両面テープで貼り付けていた。

慎也が子供のころ、住んでいた家ではお盆と正月に以外、鍵をかける事はほとんどなかったので鍵を持って外に出かける習慣がなかった。それが影響しているのか、今でもちょくちょく鍵を忘れてマンションを出てしまう事が多かった。

以前、ポカリスウェットに付いていた景品欲しさに20本まとめ買いし、テンションあげあげで帰ってきたものの、鍵を持って出るのを忘れ両手一杯のポカリスウェットを持ち、マンション前で呆然としばらく立ちつくすなんて事も珍しくなかった。

結婚していた時は誰かしら家族が家にいてくれたりしたので問題なかったがバツイチとなった今、家で待っていてくれる人は誰もいなかった。そんな時のために慎也は合鍵を室外機の下に隠していた。

 但し!その鍵もマンションの中に入れなければ意味がない。

こんな時、慎也は「マンション住民がオートロックを解除してくれた時に一緒に中に入る作戦」を決行していた。長い作戦名である。

この作戦は文字通りマンションの住人が出入りする時、オートロックが解除された時にしか使えない他力本願的な作戦である。

ただこれには一芝居必用で、エントランスで誰かがオートロッカーを解除ふるまで「ぼーっと」しているだけでは怪しい奴だと思われ、警察に通報されかねないのだ。

エレベーターで誰かが降りてくる時や外からマンション住民が帰ってきそうな時をを見計らい、携帯電話で通話しているように見せかける芝居が必要だった。役者としての資質が必用なのだ。

 慎也はiPhoneで時間を確認した。

「3時10分か…ラッセル・クロウは汽車に乗ったかな」慎也は好きな映画の事を思い出していた。

「こんな時間に誰も出入りしねぇべな…」

さすがにこの時間となると人の出入りがない。なので「マンション住民がオートロックを解除してくれた時に一緒に中に入る作戦」は使えない。

慎也はスタンドを立てた状態の自転車に乗り、ペダルを漕ぎ、後輪を空回ししていた。

「やるか…」いくら考えようが中に入る作戦は一つしか残っていない。その作戦とは「入口の柵を乗り越えマンションに忍び込む作戦!」こちらも文字通りの作戦だった。今のところマンションに入る術はそれしかない。

「3回目だな…」

慎也は過去にも柵を登ってマンション内部へ侵入した事が2回あった。柵の高さは2m50㎝くらいあるので気をつけないと怪我をしてしまう。

52歳で柵を乗り越えて怪我なんてしたら後輩たちの酒のつまみになりかねない。慎也はいちおう準備運動として手首、足首を回し始めた。続いて首もぐるぐると回している。

「よし、やるか」慎也は柵に両手をかけた。

「んっ?」とその時、原付バイクが近づいてくる音が聞こえた。

「やべぇ!マッポか?」今時、警察官をマッポと呼ぶヤツはなかなかいないだろう。慎也は柵に手をかけたまま微動だにぜず、じっとして原付バイクが通り過ぎるのを待つ事にした。

しかし、慎也の思いとは裏腹に原付バイクは慎也のマンション前に止まった。

「なぬっ?」原付バイクの正体は新聞配達員だった。慎也は両手を柵にかけたままアキレス腱を伸ばしはじめた。怪しまれない為のストレッチのつもりらしい。新聞を持った配達員は慎也をチラ見しながらエントランスへと入って行く。慎也は目を合わせようしなかった。

「くそっ!朝日か読売か?」慎也はどうでもいい事をつぶやいた。ちなみに新聞は毎日だった。

このままでも十分怪しかったが新聞配達員がエントランスから出てきたところで、今度は腰に手を当て腰をゆっくりと回しだした。

「おはようごさいまーす」慎也は笑顔で新聞配達員に挨拶をした。

すると配達員は「はぁ」とだけ答えると原付バイクに跨り、次の配達先へと向かっていった。

「十分怪しかったな…」

慎也は配達員が遠くに行ったのを確認し「リベンジだな…」とつぶやき再び柵を乗り越えるべく両手を柵にかけた。

「吉幾三!」(よし行くぞう!)

「酒よ!」と言ってジャンプし両手で柵の最上部をつかみ、カエルのように柵にへばりついた。腕の力と足の裏を使い、柵の最上部に到達し、右足から跨ぎ柵を乗り越えようとしたその時、エントランスから人が出てる気配を感じた。

「やべぇ!」慎也は柵の最上部で柵と一体化するかのごとく、しがみついて息をひそめた。

マンション住人は慎也に気付かずエントランスを出て慎也の真下を通過していった。慎也は自分のやっていることを棚に上げ、心の中でつぶやいた。

「危ねえな!こんな時間にどこに行きやがんだ!!」

外はまだ暗く、まさかマンションの柵に52歳のおっさんがへばり付いているなんて思うわけもなく、マンション住人は慎也に気づかずに本厚木駅方面へと歩いて行った。

慎也は今すぐにここから降りると音がしてさっきの人に気づかれかねないので気配がなくなるまで柵の上で耐えるとこにした。

外からは丸見えで、こんな朝方にマンションの柵を乗り越えようとするやつは怪しいやつに決まっているし、見つかれば通報される事間違いない。慎也は柵にしがみつきながら祈った。

「誰にも見られませんように!」

マンション住人の気配がなくなったので慎也はゆっくりとマンション内へと柵を降り始めた。

「ふぅ…ミッションコンプリート!脅かしやがって…」

慎也はフラフラとした足取りで階段で2階まであがり、階段からマンション内部へと続くドアを開け、2階エレベーター乗り場へと移動した。

「やっぱバック持ってかねぇとダメだな…」

普段、慎也はいつも持ち歩いているバックにマンションの鍵を入れるようにしていた。

慎也が愛用しているバックはミステリーランチのヒップモンキーだ。「出かけるときは忘れずに!」とジャック・ニクラウスさんが言っていたように出かけるときには必ずと言っていいほど持ち歩くほどヒップモンキーがお気に入りだった。

ヒップモンキーって言うくらいだからヒップバックなんだろうが慎也はショルダーバッグとして使っていた。ヒップモンキーには鍵をつけれるリングが付いているので、いつもはそこにマンションの鍵をつけっぱなしにしていた。

「朝、ヒップモンキーから鍵外してポケット入れたと思ったんだけどな…」

慎也は昨日「すき家」でお昼を食べたとき、ヒップモンキーが邪魔だったのでカウンター下の荷物置きに置いて食べていた。

「こういうとこ置くと忘れちゃうんだよな…」と言っていたにも関わらず、食べ終わったらヒップモンキーを忘れて店を出てしまい、その日の夜出かけるまで気づかないという失態を犯していた。

(ヒップモンキーは「すき家」海老名河原口店でちゃんと保管してくれていました。(実話)助かりました!ありがとう!)

なので「今日、酒飲んだらまたどっかに忘れるかも…」と思い、昨日の今日だったので今日はバックを持たずに出かけていた。

 ちなみに慎也の牛丼屋での食べ方はこうだ!

「牛丼並盛」「ライス」「たまご」を注文する。

「ライス」に並盛の肉をのせ牛丼を作る。
肉を移動した「ライス」には肉のタレが染みこんでいるので卵かけごはんにして一心不乱にかきこむ。
それから「ライス」に肉をのせた「牛丼」に紅ショウガをたっぷりとかけて食べる。
これは慎也があみだした牛丼屋でお金をかけずに腹いっぱいにする方法だった。

 慎也はエレベーターに乗り込み、6階のボタンをした。

「ふぅ長い一日だったな…んっ?」

慎也が横を向くとエレベーターの内壁に、何やら住民へのお知らせが貼ってあった。

「先日、当マンションの柵を乗り越え、マンション内に侵入した人物の映像が防犯カメラに写っていました。この件につきましてなにか情報がある方はマンション管理人まで連絡をお願いします。」と書いてあった。

慎也は思った。「アホな奴がいるもんだな…」

第六話へと続く…

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