第二十四話 秋間寿司へ

エレベーターをに乗り込んだ慎也が久美子に訊いた。

「どこに付き合えばいいんですか?」

「寿司屋なんだけど『秋間寿司』って寿司屋知ってるかい」

「俺ホルモン屋ばっかりで寿司屋で飲んだことないんですよね」

「使えないねで!ほれ!スマホで調べられるんだろ?ネットで調べてみろよ」

「分りました。ちょっとお待ち下さい」

二人はエレベータを降り、慎也はiPhoneをジーンズのポケットから取り出した。

「久美子さん、残念なお知らせです。俺のiPhone充電切れおこしてます」

慎也のiPhoneSEは初代SEで3年前に購入したものだった。朝100%充電されていても夕方になるともう使い物にならない事が多かった。

 「使えないねぇ!あたいので調べてみろよ」

久美子は慎也に携帯電話を手渡した。慎也は久美子のガラケーで「秋間寿司」を検索しはじめた。

「秋間寿司、秋間寿司、えぇっとですね。ありましたありました。でもここからちょっと離れてますね」

「そうなんだ…結構遠いのかい?」

「いや歩いて10分位ですね」

「ここから10分かい…駅からけっこう離れてるんじゃあんまり流行ってないのかね」

「いやぁそれはちょっとわかんないっすね」

「じゃあちょっと案内してくれよ」

「タクシーでいきますか?」

「いいよタクシーなんてもったいないよ」

「わかりました、歩いて行きましょう、こっちです。」

慎也と久美子は「秋間寿司」へ歩き始めた。

「なんすか秋間寿司って?久美子さん厚木初めて物語って言ってましたよね?」

「なんだい初めて物語って」

「いやそこは気にしないでください、知り合いか何かっすか?」

「厚木に行くなら行ってみたらって友達に教えてもらったんだよ」

「へーそうなんですね」

「俺、寿司屋って最近は回転寿司しか行ってないんですよね。しかも最近の回転寿司屋って回転してないじゃないですか?昔はくるくる寿司とか行ってましたよね?俺、回転してるとこから取るのが好きなんですよね。その方が楽しくないですか?」慎也は一方的に捲し立てた。

最近の低料金で食べれる寿司屋はタッチパネルで注文して席まで運ばれてくるスタイルは無駄を出さなくて良いシステムだと思っているが個人的には流れてくるネタの中から寿司を選ぶのが好きだった。

「まぁこれも時代ですね。食品ロスをなくすにはハッチパネルで注文が1番ですもんね」

「まぁね…」久美子の返事はそっけなかった。

「久美子さんは寿司だったら何が好きなんです?」

「やっぱ私はマグロだよね」

「やっぱ昔の人はマグロですよね」と言った瞬間、慎也は「はっ」とした。また余計なことを言ってしまった。何か飛んでくるんじゃないかと身構えた。しかし久美子はこの慎也の言葉に反応を示さなかった。

「おぉ!あぶねえあぶねえ聞こえてなかったか…」

二人しばらく無言で歩く時間が続いた。

「ありました。ここですね。」

「ちょっと待っておくれ」久美子は自分のバックの中からサングラスを取り出した。

「夜なのに何してんすか」

「いいんだよ、ちょっとね」

慎也はサングラスをかけて店に入ろうとする久美子を不思議に思った。

寿司屋にしては珍しい、黄色の暖簾をくぐり店に入っていくと中はL字カウンターだけのこじんまりとした寿司屋だった。

「いらっしゃいませ」店主であろうカウンターの中にいる人から威勢いいい声が店中に響いた。

大将はマット・デイモン似のイケメンだった。店の奥から女性店員が出てきて2人に声をかける。

 「2名様でよろしいですか?」

 慎也が小さくうなずいた。二人はL字カウンターの短い方に案内された。先客は一組だけだった。

椅子に座った二人に大将らしき人が声をかけた。

「こちらおしぼりになります。何かお飲みになりますか?」

慎也はこの「何かお飲みになりますか?」と言う訊かれ方が好きだった。

この訊かれ方だと「このお店はアルコールを飲まなくてもいいんだな」という感じで受け取れるからだ。

若い頃、サンマーメンが食べたくて入った中華料理店で、所持金が1,000円しかなかった慎也は店主から「飲み物何にする?」と言う訊かれ方をされたと時、とってもチキンな慎也は「あれっ?この店はなんか酒の飲まないとだめなのかな?」と思ってしまいとっさに「生ビール(500円)お願いします」と言ってしまった事があった。所持金を考えるともう500円のラーメンしか注文できなくなってしまった苦い思い出があったからだ。そして飲みたくもない生ビールと食べたくもないラーメンをすすった。

「サンマーメン食いたかった…」

さらに「消費税取られたら払えねぇな…」結果的に消費税は取られなかったので1,000円払って店を出たがなんかモヤモヤした気持ちになってしまうなんて事があったのだった。

ちょっとした言葉の違いだが慎也は「何かお飲みになりますか?」と言う訊かれ方が好きだった。

慎也は生ビールを注文した。

「俺、生ビールお願いします」

「私はウーロン茶で」

「ん?」慎也は久美子を見た。

「ごめんごめん!やっぱり瓶ビールお願い」

「はい!少々お待ちください!生ビール1丁、瓶ビール1本お願いします」

また大将の威勢のいい声が店に響いた。

「こちらメニューになります。本日のお薦めはあちらのホワイトボードに書いてありますんでよろしかったらどうぞ!」と言って大将がカウンター内にあるホワイトボードを右手のひらでで指して案内した。

「こちら良かったらおつまみとしてお食べください」と言って二人の前に小鉢を一つずつ置いた。

「あらこれはなんだい?」

「タコのマリネになります。料金はいただきませんのでよろしかったらどうぞ」

「只っすか?」慎也が大将を見て言った。

「お酒を頼まれた方へのサービスです」

「へぇ!こういことされるとまた来たくなりますね」と言って慎也は久美子を見た。

「そ、そうだね」久美子は慎也の方を見向きもずに答えた。

サングラス越しの久美子の目はずっと大将を追っかけているようだった。

「後ろから失礼します。お先に瓶ビールとグラスになります」

女性店員が瓶ビールとグラスを運んできた。グラスが良く冷えていた。

「ありがとう」久美子が優しく返事をした。

「おぉ!グラスが冷えてる!こう言うの大事ですよね!」慎也がグラスを見て言った。

「生ビールです」タイミングよく大将から慎也の前に生ビールが置かれた。

カウンターに置かれた生ビールに手を伸ばそうとしたとき久美子が右手に空のグラスを持ちながら言った。

「おい!」

「はいっ??」

「はいじゃねぇだろ?あたいが手に持ってるのが何か見えないのかい?」

「あぉ!すみません!」

「気の利いかない男だねえ」

「すみません」

慎也は瓶ビールを手に取り久美子のグラスに注ぎ込んだ。

「ナイスゲーム」慎也は生ビールを手に持ち久美子とグラスを重ね合わせた。

慎也は生ビールをゴクゴクと音を立てて流し込んだ。

久美子もまたグラスに入ったビールを目をつぶって一口流し込んだ。

「ふぅ」二人は同時に息をはいた。

第二十五話へと続く・・・・

 

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