久美子の2投目はヘッドピン左横をとらえたがまたしても10番ピンが残ってしまう。
「立ち位置変えてみるか」久美子はブツブツ言いながら引きあげてきた。
一本残ったピンもなんなく倒し、連続でスペアを獲得した。
慎也に向かって右手ををあげ、ハイタッチを催促した。
「ほらほら!こいよ!」
慎也は椅子から立ち上がりハイタッチに応じた。
慎也は思った。「なんだかんだボウリングは楽しいな…」
1ゲーム目、久美子は終始ブツブツ言いながら投げていた。いろいろと調整をしているようだった。
結果、1ゲーム目のスコアは慎也193、久美子182だった。
「ふう…」とりあえず1ゲーム目を11ピン差で制した慎也はほっとした。
「まぁ久々だしこんなもんかね!だいたいのレーンコンディションもわかってきたよ。あたいにとって今のは練習みたいなもんだよ!ちょっとトイレ行ってくるよ」と言って久美子はトイレに向かった。
「たしかに準備運動もしてないし、ちょっとお酒も入ってんのにババァの点数やばいな」ちなみに慎也が出した点数193はここ数年で一番のスコアだった。
慎也は思った。「200超えないと勝てそうもないな…」
慎也は2ゲーム目に向けて椅子に座り少し首を前に落とし目を閉じて集中していた。
「今夜熟女行かなきゃ…」慎也はボウリング に集中しなきゃいけないはずなのになぜか後で行こうとしている熟女パブの事が頭をよぎってしまった。慎也は集中力にかけていた。
今日は慎也がよく行く熟女パブで指名している娘の誕生日だった。それが本当の誕生日かどうかはあやしいもんだが…
「あっいかんいかん…集中集中…」
慎也は集中力に欠けていた。
「ビシッ!」
トイレから戻ってきた久美子が目を閉じて次のゲームに向けて集中していた慎也のひたいを軽くはたいた。
「次行くぞ!」
慎也は思った。「なんでこの人は口で言えばわかる事なのにすぐ手を出すんだろう」慎也は首を捻りながら久美子を一瞬だけ睨んだ。もちろんバレないように…
「ほんじゃ2ゲーム目行きまーす!」
慎也は左右に首をコキコキっとならしボールを持ってアドレスに入った。
慎也の投げたボールはヘッドピン右横をとらえ見事なストライクだった。
続く久美子もローダウン投法からの見事なストライク、ここからは二人ともノーミスが続く一進一退の攻防がはじまった。
6フレまで二人とも全てストライク。慎也と久美子の戦いをチラチラと見ていた隣のレーンのカップルがゲームをやめてギャラリーと化していた。
「ちょっとこの人達すげぇよ、6フレ終わって二人とも全部ストライクなんだけど…」
「えっ!嘘!ほんとだ!やばっ!」
「てか服の色が一緒だね、ペアルックかな?」
この言葉が耳に入った慎也はカップルを見て首を左右に振った。
「違うみたいね」
慎也は小さく2回頷いた。そして「たまたま」と口パクでカップルに答えた。
慎也はすでに自身の連続ストライク記録を更新していた。今までは5連続が最高だった。
慎也は思った「これがアスリートにあるゾーンってやつか!」
アスリートでもなんでもない慎也にそんなことあるわけないとは思うが、慎也は勝手にそう感じていた。慎也は今までにいろいろなスポーツをやってきたがこの感覚は初めてだった。
「ミスる気がしねぇ!」
ダーツ(701)でここであがらなければ負けるといった追い込まれた場面での143をブル→20トリプ→11トリプルであがった時でもこんな感覚はなかった。
「なかなかついてきてんじゃないか」久美子が慎也に言った。
「何言ってんすか!勝ってるのは俺っすからね!1ゲーム目での11ピン差がありますから!」
「そんな事わかってるって、でもあんたがずっとこのまま行くとは思えないけどね?」
「心配しないでください!俺は今ゾーンに入ってますから」
「ゾーン?」
「はい!ゾーンです」
「おまたの毛のこと?」
慎也は無視した。
続く7フレ、8フレも両者ともにストライク、残すは9、10フレのみとなった。
「ミスる気がしねぇ!」
二人の熱い戦いにいつの間にか隣のレーンのカップルだけでなく後ろの方にギャラリーが集まりだした。
「この二人なんかすげぇことになってんだけど」
「ストライクばっか…」
「8フレまで全部ストライクだよ」
マイボールで投げてるわけでもなければシューズもレンタルシューズ、服装は黄色のペアルック。とても本気でボウリングをやるような恰好でもないおっさんとおばさんが2人が8フレまでノーミスの戦いを続けている。そんな周囲のざわつきも慎也には聞こえなかった。何度も言うが慎也はゾーンに入っていた。
9フレ1投目、慎也の目にはヘッドピンちょい右までの1本のルートが光り輝いて見えていた。
「ふぅ」
一つ小さく息を投球動作に入り、リリースの瞬間、ボールに強烈な横回転をかける。いつになくスムーズな投球だった。
「ドンガラガッシャンシャン」(どんな音やねん!)
10本のピンが宙を舞うド派手なストライクだった。
ギャラリーが手をたたいて慎也に歓声を送っている。
「ナイスストライク!」
「おぉ!凄ぇ!」
「Come on!」ギャラリーの中には外国人も含まれていた。
慎也は照れ臭そうに右手をあげて歓声に答え、久美子とハイタッチをして椅子に座った。
残るは10フレの3投のみ「これが武者震いか…」慎也の足は小刻みに震えていた。
久美子が9フレの1投目のアドレスに入るとギャラリーは皆、寝静まったかのように「シーン」としていた。
久美子は目をつぶり、「シュー」と口に出して息を吐いた。
豪快なローダウン投法でボールをリリース、ボールはガータぎりぎりで曲がり、ヘッドピンど真ん中に入ってしまった。
「あっ!」
ボールは9本をなぎ倒したが10ピン1本がフラフラと揺れていた。
その瞬間慎也は立ち上がり勝利を確信した。
しかし久美子は右足を高々と上げ振り落とし床に叩きつけた。
「ドンッ!」
するとフラフラしていた10ピンはゆっくりと倒れていった。
「おい!」
慎也は倒れたピンを指差して叫んだ!叫んだ。
「ふぅ…危なかったぁ…」
この久美子のプレーにギャラリーは大歓声、慎也は吉本新喜劇のようにレーンに転がり込んだ。
「そんな事あんすか!」慎也はレーン転がりこんだままの体制で久美子に言った。
「まぁね、世の中気合なんだよ!気合!」と言って久美子は慎也に手を差し出した。
久美子の手をかりて立ち上がった慎也に久美子が言った。
「さて、いよいよだね、最後も3本まとめるよ!」
慎也はおおきく深呼吸してから立ち上がり、ボールを付属の布で綺麗に拭き拭きしだした。
慎也は10フレ1投目もポケットを正確にとらえ、10連続ストライクに成功した。
「アオー」慎也は振り返って股間をにぎり久美子に向かってマイケル・ジャクソンのごとく叫んだ!その様は昨夜の昌也と一緒だった。
完全に気持ちがハイになっていた。ギャラリーも拍手やら声援やらで大盛り上がりだった。
慎也は2投目の準備に入り集中していた。
するとギャラリーの中から「慎ちゃん頑張って!」との声援が聞こえてきた。
「ん?」慎也は声の出どころの方を振り返った。
そこには慎也に向かって手を振っている「千佳」の姿があった。
「千佳」は今夜行く予定の熟女パブで慎也が指名している女性だった。
「おぉ!なんでここにいるんだろ?」慎也も手を振り返した。
久美子も後ろを振り返って慎也に手を振っている千佳の姿を見ていた。
久美子は「なんだい慎也のこれかい?」と言って慎也に向かって小指を立てた。
「いや~残念ながらまだそういう感じじゃないんすよね…」と言った慎也の顔は嬉しさを隠しきれないほどニヤニヤしていた。
「でも男と一緒みたいじゃんか?」
「へっ?」
慎也は再び後ろを振り返り千佳を見てみた。千佳は慎也と目が合ったのでまた手を振っている。
「ん?」
千佳の横には屋内なのにサングラスをかけた、いかつい感じの男性の姿があった。
「ん?横の男はだれ?横の男はだれでしょう」
慎也はあきらかに動揺しているようだった。
「いや…そんな事はどうでもいい!今はここに集中!」
慎也は自分に言い聞かせた。
「いや…どうでもよくないな…あの男はだれだべか?」
慎也はボールを持ち、アドレスに入る。18m先のピンがやたらと遠くに感じた。
「ピンってあんなに遠かったっけ…」
千佳の横にいる男性にあきらかに動揺してしまっている慎也は完全にゾーンの世界から抜け出していた。
「ふぅ…あの男は誰だろう…」
そんな事を考えながら投げた10フレの2投目はリリースの瞬間、自分の右腿に少しあたってしまいストライクとは程遠い軌道で右の溝に落ちてしまった。
「あ~」ギャラリーから落胆の声があがる。
「ふふふ、面白くなってきたね!」久美子が慎也に声をかけた。
後方で千佳が「慎ちゃんがんばってね!」と声をかけ、ギャラリーの中から一人離れていった。
慎也は眉間にしわを寄せ、千佳をずっと見ていた。
横にいた、いかつい男性はまだギャラリーを離れずボウリングを観戦しているようだった。
慎也は千佳を追いかけて声をかけた。
「一人?」
「一人だよ、お店(熟女パブ)でボウリング大会やるっていうから資料取りにきたら慎ちゃんが投げてたからちょっと見てた」
「そうなんだ?」
「時間だから行くね!後で来てよ」
「りょーかーい!」
「あっ! 」
戻ってきた慎也は久美子を睨んで言った。
「騙しましたね!」
久美子は「そんなことで動揺するようじゃあたいには勝てないよ」と言ってケタケタ笑っている。千佳の横にいた男は千佳とは無関係だった。
「くそう!」
コメント