慎也は昌也の為に自販機で水を買い、タクシー乗り場に向かって歩きはじめた。
「ラミパスラミパルルルルルルってなんだっけ?」慎也は自分で昌也に言っておきながら、とっさに思いついたこの言葉の意味が思い出せなかった。
「だいたいひゃっくりっておまじないで止るもんなんだっけ?!」慎也はペットボトルのキャップをまわし一口水を飲んだ。
「あっいけね…これ昌也に買ったやつだった」慎也は昌也に買ったはずの水の存在を忘れていた。
「まぁちょっとくらいならいいか…」
タクシー乗り場付近までやってきた慎也は、遠目から昌也を見つけ一旦その場で立ち止まった。
「んっ?」
なにか昌也の様子がおかしい。小走りで昌也に近づく。
「はぁ?」
昌也は正座した状態で前のめりになり、少し腰を浮かせ、ひたいを地面につけて寝てしまっていた。
「フゥフ」慎也は左唇を上に上げ失笑した。
「どうやったらこんなスタイルで寝れるんだよ…」
そう言うと慎也はiPhoneを取り出し、本厚木北口駅前に新しく誕生した「オブジェ」を写真におさめる事にした。
いろいろな角度から写真を撮った後、独り言をつぶやいた。
「酔うほどに こうべを垂れる 稲穂かな 意味不明…」
このままほおっておいても面白そうな気もしたが、そうもいかないので慎也はこのオブジェを解体する事にした。
慎也は「残念ながらこのオブジェは解体します。」と一言、言ってから昌也の後頭部を一発、右の手のひらで引っ叩いた。
「パチン!」慎也は音はでかいが痛くない叩き方を習得していた。しかし昌也は起きなかった。
「ほぅ…」慎也は目を細めた。今度は少し強めに痛い叩き方ではたいてみた。
「バチン!」
すると昌也は目を開け、ゆっくりと上半身を起こし正座をしたまま背中から壁によりかかった。昌也はただ「ぼーっと」遠くを見つめていた。
「大丈夫かこいつ…」
慎也は三発目を昌也のひたいにお見舞いする事ににした。
「パチン!」
「痛いっ!何すんのよ!」昌也はなぜかオネエ言葉だった。
「なんでオネエ?」
「あれっ!慎也さん!」
「なんでここにいるんですか?さっき帰りましたよね?」
「お前がひゃくり止らないからって電話よこしたから水持ってきたんだろ!」
「えっ!マジっすか!ぜんぜん覚えてないですね。」
「てかひゃっくり止まってんじゃん。おまじないが効いたのか?」
「へっ?おまじないってなんの事ですか?」
「ダメだこりゃ…」慎也は小さくつぶやいた。
ちょうどその時、タクシー乗り場に一台のタクシーが入ってきた。
「ほれっ!タクシーきてんから乗っちゃえ!明日の勝負(パチンコ)に響くぞ!もう今日だけど」
慎也はなかなか立とうとしない昌也の両脇に両腕を差し込み、抱き抱えるようにして持ち上げ、そのまま引きずりながら一緒にタクシーへ乗り込んだ。
「伊勢原方面です」慎也はタクシー運転手に行き先方向を告げ反対側のドアからタクシーを降りた。昌也はまだ「ぼーっと」としていた。
慎也はタクシーが出発したのを確認し、自宅マンションへと歩きはじめた。
「大丈夫かあいつ…」
タクシーに乗せられた昌也に運転手が声をかける。「お客さん、伊勢原のどの辺ですかね?」タクシーに乗せられた昌也は「ぼーっと」しながらも運転手に行き先を伝えた。
「伊志田高校あたりでお願いします」昌也の家は愛甲石田駅から歩いて約6分くらいのところにある。運転手からは何の返答もなかった。
「なんか言えよハゲ!」昌也は心の中でつぶやいた。しかし運転手はハゲではなかった。しっかりとボリューミーな髪の毛があった。ほどなくすると昌也はよだれをたらしながら寝てしまった。
慎也は自宅マンションまで歩いて約5分の道のりをiPhoneで音楽を聴きながら歩く事にした。アップルミュージックでランダム再生を開始、流れてきた曲はブルース・スプリングスティーンの「ボビー・ジーン」だった。
「おぉ!いい!」
慎也は80’sの洋楽が大好きだった。英語は話せないし、聞き取りもできない。しかしながら慎也が今までの人生の中で一番夢中になった80’s洋楽は今でも忘れる事なく、この頃の曲を聞くたびにその頃の情景がおのずと浮かんでくるのであった。
1985年に代々木第一体育館で行われたブルース・スプリングスティーンのコンサートに行った際に、オープニングで「ボーン・イン・ザ・USA」のリフレインが流れて来た時の興奮は今でも忘れずに鮮明に覚えている。
コンサート終了後「歌ってこんなにも人に感動を与える事ができるんだな!俺にもできんべ!」なんてちょっとした勘違いをしてしまい、たまたま親戚の叔父からもらったギターが家にあったので、ギターの事をなにも知らない慎也だったが、とりあえず厚木一番街にあった「タハラ」でギターの教本とピッグ、チューニング用のハーモニカのような器具を購入した。
これらを使いギターを始めてみたものの当時はインターネットなどもなく、教わるには金がなく、チューニングのやりかたもわからないうえに、コードも難しくなると押さえられず、すぐにほっぽり出してしまった事は今となってはいい思い出だ。
「俺には向いてないな…」
慎也は何をやっても長続きしない人間だった。そして努力を一切しない人間でもあった。しかし運動神経は抜群だった。ほとんどのスポーツ(球技)は勝ち負けは別として試合に参加できるレベルだった。
しかしどのスポーツにしろ「どうせ世界一にはなれねぇからな」と悟ってしまうと練習もせず、ある程度、楽しく試合できれば満足です。という冷めたタイプの人間だった。
「あっ!コインポケットか!」慎也は突然、自転車の鍵をジーンズのコインポケットに入れた事を思い出した。
「ここはさっき探さなかったな…」
(ジーンズを履いたことがある方にはお分かりかと思いますがここに500円玉とか入れといてあとから見つかると嬉しかったりするんですよね。俺だけかな?)
慎也はコインポケットに人差し指を入れ鍵を取り出した。慎也は鍵を握りしめ、自転車置き場へ向かい歩き始めた。
曲はサバイバーの「High on you」へと変わっていた。これも慎也の大好きな曲だった。
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