昌也はトイレで用(小)をたしている慎也にそっと近づき、両手で慎也の両肩を「ポン」と叩き声をかけた。
「慎也さん、キャバクラ行きませんか?」
「おぎゃー!!」
「なんすか!おぎゃーって!」
「だってお前、トイレでおしっこしてん時に後ろから肩なんか叩かれたらびっくりすんだろ!」
「あぁ…びっくりしたんすね」
「危なく便器についちゃうとこだったじゃねぇか!」
「ふふっ…慎也さん、なに見栄はってんすか?そんなにデカくないでしょ?」
「アホ!そっちじゃねぇよ!服が便器に付いちゃうって言ってんの!」
「わかりました。じゃあキャバクラ行きましょう!」
「はぁ?何がわかったんだよ。てかキャバクラ行きましょうって何よ」
「まぁいいじゃないですか!」
「なんだかよく分からねえけど…いつ行くのよ?」
昌也はまだ用をたしている慎也の背後からピタリと体をくっつけてを耳元で囁いた。
「今でしょ!」
「だぁー!なんばすっとですか!」と言って慎也は昌也を睨んだ。そしてなぜか北九州の方言だった。
睨まれた昌也は慎也からの視線をそらし、慎也の横にまわり「カラオケおっさんばっかでつまんなくないですか?」と言って慎也のあそこを覗き込んだ。
そして「フンっ…」と言ってバカにするように笑った。
「あっ!お前今笑ったな?」慎也は再び昌也を睨んだ。
「いやいや…てか慎也さんいつまで小便してんすか?」
「話を変えるな!お前今笑っただろ!」
「いやっ…笑ってないです」と言った昌也の目は完全に笑っていた。
ようやく用を足し終えた慎也は洗面台の鏡の前で髪型を気にしながら「俺これからDEEN歌うんだよね」と言った。
「手洗わないんですか?」
「なんで?お前いつも洗うのかよ?」
「いいえ」
「だろ!」この二人、トイレで用をたしても手を洗わない人たちだった。
「ちなみにDEENの何を歌うんすか?」
「このまま君だけを奪い去りたい」
「おぉ!いいっすね!でも部屋におっさんしかいないじゃないですか?誰か奪い去りたいおっさんでもいるんすか?」
「アホか!俺は女が好きなんだ!」
「じゃあキャバクラ行きましょう」
「じゃあの意味がわかんないけど…」
「行きましょうよ」
「ほんじゃこのまま行っちゃうか!」と言って慎也は右手の親指をトイレのドアの方に向け、右目でウインクをした。
「えっ!このまま出ちゃいます?大丈夫ですかね?」
「お前が今行こうって言ったんだろ!」慎也はちよっとだけ大きい声をだし三度、昌也を睨んだ。
「勝手にいなくなっくなっても大丈夫ですかね?」
「大丈V!みんな酔ってんし月曜まで覚えてるやつなんて誰もいねぇよ!でも俺あんま金持ってないからワンタイムだけね」
今、慎也と昌也が出ようとしているカラオケボックスでは二人が勤めている製薬会社の送迎会が行われていた。三次会に突入している真っ只中だった。
二人はとある製薬会社の品質管理部に所属していて、慎也52歳、昌也30歳。一世代違うが共通の趣味がパチンコという事もあってしょっちゅう遊んでいる仲だった。
慎也はバツイチ子持ちだが、子供は母親と暮らしているので本厚木で一人暮らし、毎月の養育費は大変だがある意味気ままな独身貴族だった。昌也は結婚しておらず、伊勢原にある実家で両親と暮らしている本当の独身貴族だった。
慎也と昌也はトイレでの協議の結果、カラオケビックエコーの大部屋で歌っている会社の上司、同僚を置いてけぼりにし店を出ることにした。
「んで?どこ行くのよ?」慎也は昌也に尋ねた。
「フィリピン行きましょう!」
「ん?」
「フィリピンです。」
「フィリピン?」
もちろん海外旅行の話ではない。昌也の言うフィリピンとは最近、昌也がはまっているフィリピンパブの事である。
「キャバクラってフィリピンパブのこと言ってたの?」
「はい」昌也は元気よく答えた。
「俺もちょっと行きたいキャバクラあんだけど…」
「国はどこですか?チャイナ?韓国?」
「く・国は日本です。熟女パブ…」
「えっ熟女?日本人ですか?」
「はい…」
「日本人だったら毎日どこかしらで会ってるじゃないですか!だったらフィリピンで良くないですか?」
昌也はよくわからい理屈をごね、自分の行きたいフィリピンパブへ慎也を誘導しようとしていた。
「慎也さん!僕がフィリピンパブに行くのには理由があるんです」
「はぁ?」
「僕は英語の勉強も兼ねてるんです!」
「へっ!英語?」
「はい。彼女たちは英語、話せるんですよ!」
「はぁ…」
「慎也さんも英語勉強したいって言ってましたよね?」
「はぁ…」
「だったらフィリピンでしょ!」
「はぁ…」慎也の口からは「はぁ…」と言う単語しか出てこなかった。
「だからフィリピン行きましょう!」
慎也は右手の親指と人さし指で鼻の頭を軽く掻きながら「ちなみにそのフィリピンパブには昌也さんのお気に入りの娘がいるんですよね?」慎也は昌也に対しなぜか敬語だった。
「はい!僕専属の英会話教師がいます」昌也はそう言って「ニヤッ」と笑い、左目でウインクをしながら右手の親指を立てた。
すると慎也は首を右に振り斜め上を見上げ「ほんじゃ別々に好きなとこ行く?」と言った。
昌也は目を見開き、慎也の両手を握り「それはダメです慎也さん!僕は一人だと女の子のいるお店には入れないんです」と声を荒げた。
両手をロックされてしまった慎也は「なんじゃそりゃ!」と心の中でつぶやいた。
「え~!俺、熟女がいいよ~!」慎也にも熟女パブで指名している専属教師がいた。(なんの専属教師でしょ…by天の声)
「だったらじゃんけんで決めましょう!僕が勝ったらフィリピン!慎也さんが勝ったらチャイナです!」と言って昌也はロックしていた手をほどきジャンケンを始めるめく右手で握りこぶしを作った。
「おい!それってどっちも外国じゃねぇか!」と言おうした慎也を昌也は無視し、勝手にじゃんけんを始めた。
「最初はブー!」昌也は「ブー」の時、体をくの字に曲げ、おしりを慎也の方に突き出した。
「なんだそりゃ!」と慎也はつっこみを入れたが昌也はこれも無視し、じゃんけんを続けた。
「じゃんけんぽーい!」
慎也は「続けるんかーい!」と言いながらもパーを出した。
昌也はチョキだった。
昌也は「よっしゃー!フィリピン決定!」と言って軽快にツイストを踊りだした。そして「この踊り何の映画の一場面かわかります?」と慎也に訊いた。
「う~ん…パルプフィクションかな?」慎也は最近観た映画のタイトルを思い浮かべた。ゆっくりとしたツイストで踊るジョン・トラボルタがカッコよかった。
「さすが慎也さん!ドン・チョラボルタです!」
「ジョン・トラボルタね、ひっくりかえっちゃってますけど」慎也は小さくつぶやいた。
「じゃあこれ誰だかわかりますか?」昌也は両手で股間をおさえ「あぉー!」と奇声を発した。
「なんじゃそりゃ?」
「えっ?わかりませんか?」
「はい…」
「キング・オブ・ポップ!ジャイケル・マクソンです!」
「それもひっくりかえっちやってるけどね」慎也はまたまた小さくつぶやいた。
昌也は「イェーイ」と言って再びツイストながら慎也に近づいていった。それにビビった慎也は昌也と同じようなツイストを踊りながら昌也と一定の距離をとりながら後退りしている。この二人はいったい何をしているのだろうか…
ツイストを踊りながら移動している慎也と昌也と見ていた人が「この人達ににかかわっちゃいけない」オーラを出しながら下を向いて通り過ぎていった。
それに気づいた慎也は昌也の腕を引っ張りツイストをやめさせ「こっちか?」と言いながら顎で行く方向をしめした。
「いえ〜す!ナマステです!」
二人は本厚木駅からすこし離れたイトーヨーカドー近くにあるフィリピンパブ「ナマステ」へと歩き始めた。
慎也は小さくつぶやいた。「なんでフィリピンパブなのにナマステなんだよ?」このお店、オーナーはインド人で奥さんがフィリピン人だった。
この時、時刻はすでに午前1時をまわっていた。
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