その頃昌也はフィリピンパブに向かって歩いていた。
慎也宅の鍵を渡された昌也だったが渡された鍵でマンションに入ることはできなかった。
昌也が受け取った鍵にはにおもいっきり「DAIHATSU」と刻まれていた。
昌也は慎也宅に入れず、何度も慎也に電話をしていたがボウリング場にいた慎也は昌也の着信に気付かなかった。しかたなく慎也が行きそうな店を何軒か廻ってみたが、まさかボウリングをやっていたなんて思いもよらなかった。そんなこんでしばらく本厚木駅前で途方にくれていた昌也にナイスが電話が入った。
電話は会社の同僚、直樹からだった。
「今なにしてんのよ?」
「慎也さんと飲んでたんだけどいろいろあって一人で本厚木駅にいる」
「なんじゃそりゃ?これからフィリピンパブ行きたいんだけど一緒に行かない?」
「マジか!ナイス!行く行く!リベンジだな!」昌也は慎也と連絡が取れない以上、仕方がないのでこの申し出に断る理由もなく、喜んで快諾した。
「リベンジ?」
「いやいや何でもない!いつものとこだったら5分後くらいには行けるけど?」
「ナマステね!俺は10分くらいかかるから先に行って入っててよ!
「えぇ、俺一人で?」昌也は一人でフィリピンパブやキャバクラには入れない人間だった。
「店の前で俺のこと待ってて、時間差で他の客きて入れないとやだべ?すぐ行くから大丈夫だって!」
「そうだな…ほんじゃ先に入って待ってるぜ!」昌也はウキウキした気持ちで「ナマステ」に向かい歩きはじめた。
「慎也さんにLINE打っとくか」
昌也はフィリピンパブに行ける嬉しさでニヤニヤしながら「慎也さんと連絡が取れないんでフィリピン行ってきます」とLINEを打った。ほどなくして「マナステ」に着いた昌也は初めて一人での入店に少しドキドていた。
エレベーターを降りると目の前に「ナマステ」のドアが現れた。
「エエイ!ママよ!」
昌也はよくわからない掛け声と共にドアを開けた。
店に入ってみる店内はガラガラで先客が二組いるだけだった。
「なんだよ、直樹待ってても全然余裕だったな…」
入店した昌也を顔馴染みの男性店員が出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ、いつもありがとうございます。YUKIさん御指名ですよね?」
「よろしくお願いします」昌也はこの店にくるとかならず「YUKI」を指名していた。もちろんぽっちゃりな娘さんだ。
「申し訳ありません、YUKIさんもそうなんですがキャストさんの出勤が少し遅れてましてしばらくお待ちいただくようになるかと思いますがそれでもかまいませんか?」
「大丈夫で~す!全然待ってま〜す」昌也は一つ返事で快諾した。
「その間、飲み物はサービスでお出ししますので」男性店員は右目でウインクをしながら言った。
「えっ!マジで!じゃ生ビールください!」
「かしこまりました」
「あっ!もう一人、後できますんで」と店員にあとで直樹がくることを告げると比較的広い席に案内された。
「なんだ…別に一人でも全然大丈夫だな」
一人で店に入る前はけっこうドキドキだったが入ってしまえばどうって事ないことがわかった昌也だった。
「初めて入る美容院の方がよっぽど緊張すんな…」
昌也は美容院が苦手だった。入るのに緊張するし、カットされている時の会話も苦手だった。
昌也は運ばれてきた生ビールをゆっくりと味わうように飲んでいると直樹からLINEがはいった。
「すまん!彼女から連絡きて今から逢う事になっちゃったから今日は行けなくなった!」
昌也は「はぁ!自分から誘っといてなんじゃそりゃ!」と一瞬思ったがとりあえず昨日フラれたフィリピンパブにこれたのでこれはこれで良しとする事にした。昌也はこういう時だけは切り替えが早かった。
昌也は店員を呼び、あとから来るもう一人がこれなくなった事を告げると店内奥の一人席へと移動させられた。
「まぁ仕方ないね…てかこれ発泡酒だな…」
しかし…
これからしばらくの時間、一人で発泡酒を何杯も飲むことになるとはこの時は知る由もなかかった。
その頃チームブルースリーは…
「なんか昌也君には悪いことしちゃったねぇ…」
「まぁ大丈夫っすよ、俺も”鍵”間違えて渡してるし。久美子さんの荷物もあるし一旦、家に戻りましょうか」
「そうだねぇ」
「とりあえず順子ちゃんの住所見せてください。52年間、厚木に住んでるんで大抵の住所はわかりますよ」
慎也は子供の頃から厚木暮らしだったので厚木の事は大抵知っていた。ダックシティ百貨店も開店日に行ったし、ミロードの開店もしっかりと見届けた。
久美子は昭夫から送られてきたメールを慎也に見せた。慎也はメールを見て目を細めて言った。
「すみません、字が小さくて見えねぇっす!」
慎也は老眼だった。老眼鏡がないと居酒屋のメニューも見えないほどの老眼だった。慎也のiPhoneのLINEの文字の大きさは他人が横からのぞいても読めるくらい大きかった。
「住所読んで貰えます?」
「しょうがないねぇな。いくぞ!」
「はい」
「厚木市旭町8丁目4-9-10アドミラブル・・・・」(もちろん架空の住所です)
「えっ?」
「もう一回いいっすか?」
「なんだよ耳も老眼かよ?厚木市旭町8丁目4-9-10アドミラブル705」
「本当に?」
「なんであたいが嘘つかなきゃいけないんだい!」
「ですよね…」
「わかるのかい?」
慎也は右のこめかみあたりを右手で搔きながら言った。
「わかりますよ。そこ俺が住んでるマンションです」
「えぇぇぇぇぇぇ!」
「しかも俺の部屋の真上っすね」
「はぁ?そんな事あんのかね?」
「あるみたいですね…」
慎也は久美子は立ち止まり、目を合わせた。すると慎也が久美子にむかって右手をあげた、久美子もそれに応え右手をあげた。
二人は「バチン」とハイタッチを交わした。
「行きますか」
「そうだね」
慎也と久美子は慎也と順子が住むマンションへ向かって歩き始めた。
「いやー!なかなか楽しい一日でしたね」
「そうだね、順子が携帯落としてくれたおかげでボウリングできたし、シロコロも食べれたし、これだから人生やめられないね」
「もう宮城ではボウリングやってないんですよね?」
「夜スナックやってるとなかなかね」
「そうなんですね」
「でも今日久々にやってわかったよ」
「何がですか?」
「ボウリング は楽しいってこと」
「ですよね」
「これを機にまた始めようかな」
「いつでも受けて立ちますぜ!」
「負けたくせに何言ってんだい!」
「ですよね…」
二人は談笑しながら楽しそうに話していた。遠目から見たらペアルックの夫婦に見えてもおかしくないすらい自然だった。
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