エレベーターを降り、自分の部屋の前に着いた慎也は、エアコンの室外機の下に隠してあった鍵を取り出し、ドアのカギ穴に差し込んだ。
「ん?鍵開いてる? 」
ドアに鍵はかかっていなかった。慎也は一歩下がり眉間にしわを寄せて固まった。
「えっ!泥棒?」と言って鼻の穴に親指を入れて鼻の穴の内側を軽くかいた。慎也の鼻穴は大きかった。
「う〜ん…」
慎也は一呼吸おいてからドアノブに手をかけた。
「いや待て待て、このまま部屋に入ってほんとに誰か居たら怖ぇな…」
慎也は部屋に入ってもしかしたら中にいるかもしれない泥棒と鉢合わせでもしたらと考えると「ビビッて」部屋に入る事ができなかった。慎也はけっこうチキンだった。
「呼び鈴を押してみるか…」
もし本当に泥棒がいるなら呼び鈴を鳴らせば気が付いて出てくるかもしれない。慎也は本当にそう思った。
「ピンポーン、ピンポーン」慎也は呼び鈴を2回鳴らし、走ってドアから死角になるところに隠れた。ここからならちょっと顔を出せば部屋のドアの様子が見てとれる。
慎也は元広島東洋カープの古葉監督のように壁から顔を半分だけ出して様子を伺った。
およそ3分間待ってみたが中からは誰も出てこなかった。
「出てこねぇな…でも中に隠れられてたりしたらさらに怖い!」
慎也は自分の鼓動がだんだんと速くなってくるのがわかるほど、ドキドキだった。
「こんなドキドキいらねぇ…」慎也は顎に手を当て「マンダム」と言った。
「くそう! 」慎也は覚悟を決めた。
「やってやるぜ!俺はこうみえても剣道6級だ!書道だって初段だぜ!」
あまり人には自慢できないような事を小声つぶやきドアノブに手をかけた。
「あたってくじけろだ!」
伸也は意味不明な言葉を心の中でつぶやいた。
そして音が出ないようにゆっくりとドアを手前にひき開けはじめた。
「あっ…」
慎也は扉を開けながら「もし相手がガイルだったら絶対勝てねぇな…」
慎也の脳裏になぜかストリートファイターに出てくるキャラクター「ガイル」の事が頭に浮かんできた。
そう思った慎也はゆっくりとドアを閉め、ドアノブから手を放した。そしてドアの前に正座をした。再び顎に手を当て「マンマミーア」と言ったかと思うと両手をついて両膝を支点にし、くるっと開店してドアを背にしてあぐらをかいた。
「あれっ?ガイルのサマーソルトキックってどうやって出すんだっけ?」
慎也はスーパーファミコンのコントローラーを持ったつもりで十字キーとボタンを押すそぶりをし始めた。
「てかおれ元々ガイル使いじゃねぇ…」
慎也はポケットからiPhoneを取り出し時間を確認した。時刻は4時01分だった。
「完全に朝だな…」
慎也はドアによっかかりiPhoneでサマーソルトキックのコマンドの入力方法を調べはじめた。
「あっ!そもそも馬券買うためにスーパーファミコン買ったんだよな」話がどんどん逸れていく。慎也はそういう人間だった。
当時、JRAの電話投票は抽選に当選しないと馬券を買うことができなかった。抽選に当たってもそれ用の機材を購入しなければならず、一番安価で馬券を購入できるのがスーパーファミコンだった。
「フレンチデピュティ産駒どうしでNHKマイルとったな…」
酔っている慎也は当時、数少ない的中馬券の事を思い出していた。
部屋にいるかもしれない奴の事ははもう関係ないのだろうか…
そんな事を思い出していた慎也に強い睡魔が襲ってきた。頭がグラグラとゆれている。
慎也は「パトラッシュ僕はもう疲れたよ…」とつぶやき、静かに目をつぶり、頭をガクンと落とし、あぐらをかいたまま眠りに落ちてしまった。
その様は少し前の昌也のようだったがオブジェとしての完成度は圧倒的に昌也の方が上だった。
一方、昌也は・・・
「お客さん着きましたよ!」
昌也を乗せたタクシーは伊志田高校の正門前に到着した。タクシーの運転手に声をかけられた昌也だが、まだいびきをかいて爆睡している。
「お客さん!起きてください!」
昌也は起きる気配がまったくなかった。運転手は仕方なく運転席のドアを開け車を降りた。
そして後部座席のドアをあけ「お客さん!着きましたよ!」と言いながら昌也の膝を揺さぶった。
昌也は「ビクッ!」として眼を開きタクシー運転手に向かって一言叫んだ。
「同情するなら金をくれ!」
どうやらなんらかの夢を見ていたようだ。運転手は笑いをこらえながら「お客さんお金は私にください」と昌也に言った。運転手は冷静だった。
「えっ!あぁ…タクシーか…」
現実世界に戻ってきた昌也は「カードでお願いします」と言って「すき家」の「Suki Pass」を運転手に差し出した。まだ正気ではないようだ。
「お客さんこれ使えませんよ」
昌也はカードを見て「えっ!あららら、すいませんこっちで」と言ってクレジットカードを差し出しそして「釣りはいりません!」と言った。まだ正気でないようだ。
運転手はカードを無言で受け取りタクシー料金を精算し、笑いを堪えながらカードとレシートを昌也に手渡した。
昌也は目を細め「なにニヤニヤしてやがんだこのチョビヒゲが!」と思ったがだまってカードを受け取った。
運転手はチョビヒゲではなかった。昌也はタクシーを降りて家へと向かい歩き出した。
「あれっ?」昌也はしばらく歩いてから家とは反対方向に歩いていた事に気がついた。
「俺ん家こっちじゃねぇし」
昌也は踵を返し、家への道をフラフラしながら歩き出した。
そして「こんなところで降ろしやがってあのカツラ野郎めが!」と吐き捨てるように言い放った。もちろん降りる場所を指定したのは昌也だった。
家へと着いた昌也は自分の部屋がある2階までの階段をフラフラとあがり、机に財布とiPhoneを置き、チノパンを膝まで下したところで力尽き、一年以上干したことのない布団に倒れこんだ。
一方部屋の前で寝てしまっていた慎也は・・・
玄関前であぐらをかいたまま寝てしまっていた慎也を冷たい風が頬を撫でた。
「うぉ…寒っ…サミー・デイビスJr…」
慎也は立ち上がりドアを開け自分の部屋へと入っていった。部屋に入った慎也はこたつの上に置いてある鍵を見つけた。
「あれっ?なんで鍵がここにあんのよ…」
慎也は寝る為に着ていた服を脱ぎ始めた。ポケットに入っているものを全部出しこたつの上に置いた。その中にはエアコンの室外機の下に隠しておいたスペアキーも含まれていた。
「あっ!」慎也はスペアキーを見て少し前に自分がやろうとしていた事を思い出した。
慎也は腰を低くして戦闘態勢にはいり、辺りを見回しガイルがいない事を確認した。
「うーん…結局は俺が鍵持って出なかっただけだったんだな…」と小さくつぶやいた。慎也は大きなあくびをしながらSiriを呼び出しアラームを8:30にセットしてもらった。
そしてパンツ一丁で布団に入りもぐりこんで目を閉じ、さっきまでの自分の行動を思い出していた。
「俺ってアホなのかな?」
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