第二十三話 パーフェクトチャレンジ

久美子の言ってる事は正しかった。何度も言うが慎也はここ一番の時の集中力に欠けていた。

 慎也は気を取り直して10フレ3投目アドレスに入った。

 「ふぅ、まだ行ける!」慎也は自分に言い聞かせる。

「俺もローダウンで投げてみるか…」

慎也にはここぞと言うときに変なチャレンジ精神が出てきてしまう悪い癖があった。

小学校低学年の水泳のテスト前日に読んだ水泳入門に書いてあった聞いたこともない泳法「バタフライ」を発見してしまい、見様見真似でバタフライでテストに挑んだ結果、両手をぐるぐる回して、ただ溺れているような泳ぎになってしまってテスト不合格になってしまうなんて事もあった。

 しかし慎也は久美子とあえて同じ投法でストライクを取り、久美子にプレッシャーを与える為に、ローダウンで投げてみる事に決めた。

 「俺、ローダウンで行きますよ!」

「できんのかい?」

「できんないです」

「はぁ?」

慎也はアドレスから助走に入り大きくテイクバックをとり、肘と手首を曲げボールをリリースと同時に「おりぁあ!」と言ってボールをレーンに叩きつけた。

見様見真似で投じた渾身の一球はただのストレートボールになってしまった。

「違うかぁ!」

しかしボールは軌跡的にブルックリンから入り10本のピンをなぎ倒した。

「おぉ!やったね!」

ローダウン投法はまったくできなかったが過去最高スコアが出たことには満足していた。

「もう2度とこんなスコアは出せねぇだろうな…」

 慎也はどっかりと椅子に座り久美子の投球結果を待つ事となった。

 久美子が椅子から立ち上がるとギャラリーから大声援が沸き上がった。

久美子は首を左右にコキコキとならしがならボールを丁寧に拭き始めた。

 「よっしゃ」

と小さくつぶやき、10フレ1投目のアドレスに入った。

ボウリング場にいたほぼ全員がおばさんがパーフェクトに挑戦している投球に注目していた。

慎也は今までに経験したことのない異様な空気を感じていた。静まり返った中、久美子が助走する足音だけが聞こえていた。

「ガンッ!」

久美子がボールをリリースした瞬間、ギャラリーが叫びだした!

「行ったベ!」

「お願い!」

「Come on」

「謝謝!」ギャラリーの中に中国人もいるようだ。

ローダウン投法から放たれたボールはガーターギリギリから弧を描き、見事ポケットにヒット、10本のピンを見事に全部なぎ倒した。久美子は振り返って小さくガッツポーズをした。と同時に慎也は「ギャー!まじかー」と悲鳴のような声を張り上げた。

ギャラリーからも久美子への歓喜の声援が鳴りやまない。

スコア画面9フレに270という数字がともった。久美子は10フレで10本倒しているので久美子の現在のスコアは280となった。

この時点で2ゲームトータルは慎也とは11ピン差なので次が投球がストライクじゃなければ慎也の勝ちが確定する。

「う~ん…マンダム、なかなかしびれるね」慎也は右手でアゴさすりながら一人つぶやいた。

久美子と慎也が貞操?をかけた勝負をしている事など知らないギャラリー達は目の前でパーフェクトを達成しようとしている年配のご婦人に注目していた。

「あと二つじゃん!」

「すげぇよ」

「俺、目の前でパーフェクト見れるかも…」

ギャラリー達がざわついていた。そんな中、久美子はボールを持ち上げアドレスに入ろうとしていた。

またも首を左右に振りコキコキと音を鳴らした。ボールをセットし「ふぅ」とひとつ小さく息を吐いた。

助走から流れるようにテイクバックに入り、リリースの瞬間スナップを効かせ、放たれた。

「よし!」

「行ぇ!」

「ストライク頼む!」

「チュルリラ!チュルリラ!」

ギャラリーには聖子ちゃんファンもいるようだ。

レーンを転がるボール見ていた慎也は思った。

「これりゃ負けたな…」

ボールはまたも見事にポケットを直撃、派手なピンアクションで10本のピンをなぎ倒した。

ギャラリーからの大声援に久美子は振り返り歩きながら、ギャラリーに向かって右手を上げた。

そのまま慎也を指さし「勝負あったね!」と言い慎也にハイタッチを要求した。

慎也は立ち上がりこれに応えた。慎也はちょっと鳥肌がたつくらい感動していた。

慎也は「あと1投っすね」と久美子に言ったが久美子には聞こえていないようだった。

久美子がアドレスに入るとギャラリーは静まり返った。空いているレーンのスコアモニターには森高千里がミニスカートで17歳を歌っている映像が流れていた。

「ふぅ」久美子はボールを持ち、アドレスに入りまた一つ小さく息を吐いた。今日何度となく同じ光景をみた慎也も一緒にひとつ小さく息吐いていた。

「やべぇなんか泣きそう…ドキドキしてきた」

慎也はプロスポーツの観戦で感動し泣くことはなかったが、知り合いがスポーツをしていて凄い事をやったりすると自然と涙がでてきてしまうくらいの感動屋さんで、小学校や町内会の運動会のリレーでも知り合いがすごく早く走るだけで感動して泣いてしまう人だった。

久美子が本日最後の助走に入る、テイクバックからボールをリリースの瞬間、スナップを効かせボールを離す。

「お願ーい!」

「行けー!」

「パーフェクトー!」

「ヘイヘイホー!」

ギャラリーから悲鳴にも似た声援が跳ぶ。サブちゃんのファンも混じっているようだ。

慎也も「カモーンアイリーン!」と意味不明な言葉を叫んだ。

高回転がかけられたボールは綺麗な弧を描きポケットとは逆のブルックリンにヒット!残念ながら10ピン1本だけが残ってしまった。

「惜っしい」

「まじかー!」

「うわー!」

悲鳴にも似た声援は「ナイスゲーム!」とギャラリーの一人が言うと自然と久美子への拍手へと変わって言った。慎也も立ち上がって久美子に向かって拍手をしていた。

久美子は恥ずかしそうに両手を振って声援に応えた。

そして慎也の前に着て右手を差し出した。

「ありがとう!楽しかったよ」

慎也は久美子の右手を握り「いや~凄いっすね」と言った瞬間、久美子が右手に力を入れ「約束は約束だからな!」と言って左の眉毛を上下させた。「やられる!」慎也は貞操の危機感じていた。

「約束通り一晩付き合ってもらおうかね」

慎也はボウリング シューズを脱ぎながら久美子の言葉を聞いていた。

慎也の声は震えていた。「あのう…もうお酒飲んでるし俺の息子が勃つわかりませんよ」

 「ゴン!」

 「何アホなこと言ってるんだい、そういう意味で一晩付き合えって言ってんじゃないよ」 

「へっ?」慎也は頭を抑えたまま久美子を見た。

 「これからちょっと行きたい店があるんだよ」

と言って脱いだボウリングシューズを慎也に差し出した。

「これ一緒に返しといて」

慎也は久美子のボウリングシューズを受け取り「あっ!そういうことですかぁ!よかったぁ…俺はまた、いやいやいやいや、すいません」

「なにをあほな事想像してたんだい!このバカは!」

「いやぁ~…」慎也は貞操の危機から解放された事に素直によろこんだ。

「久美子さん、負けたんでここは俺がゲーム代払っておきますよ」

「そうかい悪いね!楽しんだ上にゲーム代まで」

「いいんすよ!凄いの見れたお礼です。それに2ゲーム無料やると1ゲーム無料の割引券持ってるんで!」

「そうなのかい!じゃあお言葉に甘えさせてもらうよ!でも慎也だって凄かったじゃないか!」

「まぁそうですね。過去最高点出しちゃいましたからね、俺もローダウン投法練習したくなりましたよ」

慎也が会計を済ますと二人はエレベータに乗り込んだ。

第二十四話へと続く・・・

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