第十三話 公衆電話 

本厚木駅までの道のりをキョロキョロしながら歩いている順子だがなかなか公衆電話はみつからない。

コンビニにあるイメージだったので駅までの間にある何軒かのコンビニ前で止まっては探したが、公衆電話は見つからなかった。

「あっ!公衆電話あったところで久美子ババの電話番号わかんないな…」順子はそんな事も考えずに公衆電話を探していた。携帯電話の場合、一度登録すれば名前で検索できるので「人の携帯電話番号なんて覚えている人なんているのかな?」と思いながら歩いていた。

「だいたい私、自分の携帯電話番号もわかんないわね」順子は自分の携帯電話番号も覚えていなかった。

「実家にかけるか…」

順子が覚えている電話番号は実家の電話番号と日本文化センターの電話番号だけだった。キョロキョロと公衆電話を探しているうちに見つからないまま本厚木北口広場へ着いてしまった。本厚木北口広場に立ち止まり辺りをみまわす。

「あっ!あった!あった!」テレフォンボックスは駿河銀行前に3つ並んでいた。

順子は小走りで近寄り、テレフォンボックスの扉を開けた。

「ひゃー公衆電話初体験!」

「なにこれどうやんの?」

順子は財布からテレフォンカードを取り出した。

「これを使う時がくるとおもわなかったー!」

順子は小学校1年生の時にレオスイミングスクールで水泳を習っていた。その時になにかあったらこれで電話しなさいと昭夫(父親)から貰ったテレフォンカードをずっと持っていた。

ちなみにテレフォンカードには「安達祐実」の写真が印刷されていた。

昭夫は安達祐実のファンだった。テレフォンカードは25年くらいまえに今はなき「サークルK」で買ったもので50度数で1,000円だった。

順子は受話器を取り、電話機にカードを入れ、実家の電話番号をプッシュした。

「はい山後です」彩は出かけていなかった。

「あっ!ママ!順子だけど!」

「あら!元気だった?」

「何言ってんの!おととい話したばっかでしょ!ちょっとお願いがあるんだけどさぁ、久美子ババの携帯電話番号教えて欲しいの!」

「あらどうしたの?さっきお義母さんからも電話あったのよ!なんかあんたの住所教えてって」

「やっぱり…」

「それで?」

「パパにLINEしといたわ」

「えっ?なんで?」

「わたし出かけるとこだったから」

「えーーー!ちょっとなにそれ!てか出かけてないじゃん!」

「まぁいいじゃない、どうしたの?」

「だから久美子ババの携帯番号教えてってば!」

「あたし知らないのよね」

「なんで知らないの?」

「なんでも」

「あんたこそ何で知らないの?」

「いやさぁ、昨日、iPhone落としちゃったみたいなんだよね」

「えっ?」

「だからiPhoneを落としちゃったみたいなの!」順子は軽く半ギレで答えた。

「何それ!逆ギレってやつ?」

「違うわよ!」

「馬鹿な子ねぇ!そんで大丈夫なの?」

「だいじょばないからこうして電話してんでしょうが!」

「フンっ!」彩は鼻で笑ってからこう言った。

「お義母さんの電話番号だったらパパに電話して聞いてみなさいよ!」

「じゃあパパの携帯電話番号教えてよ…

「あんたパパの電話番号わかんないの?」

「だから!iPhoneがどこにあんだかわかんないんだって!」順子はほぼ本ギレだった。

「アホな娘ねぇ…」

「ぐっ…」

「あっそうだ!iPhoneを探すで私のiPhoneがどこにあるか調べてよ!」

「iPhoneを探す?なにそれ?私iPhoneじゃないし」

「いいからパソコンでやってくれないかな?」

「パソコンはパパが会社に持っていってるから家にはないわよ!」

「うーん…じゃあ10分後に私のiPhoneに電話してみてよ!」

「10分後?」

「今から家に戻るから、ひょっとしたら部屋のどっかにあるかもだから!いい?」

「いいわよ10分後ね」

順子は電話を切り早足で家に向かって歩きだした。

「あっ!先にパパの携帯電話番号聞くべきだったー!」と思った順子だがもう家までのみちのりを半分以上歩いてきてしまっていた。

昭夫(久美子の息子)久美子に電話する。

「あっ!息子からだよ」

久美子の携帯電話の着信音は「C.C.R」の「雨をみたかい」だった。

「おぉ!クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル!」慎也は思わず叫んだ。

久美子はいつもガラケーのエニーキーアンサー機能を使い適当にボタンを押して電話に出る事にしている。

久美子の第一声は「遅い!」だった。

「何分前に電話してんと思ってんだい!」

「わりぃわりぃ!お客さんと打合せしてて電話出れなかった!」

久美子の息子、昭夫はコンピューター関連会社でSEとして働いている。

普段の土曜日は休みだったが、取引先のシステムに不備があり今日は急遽呼び出しをくらっていた。

「なんか彩からかーちゃんに電話してって言われたんだけどなんかあったの?今日って順子と会う日じゃなかった?」

「はぁ!お前の嫁どうなってんだよ!お前が電話に出ないからしかたなく家に電話して順子の家の電話番号と住所教えてくれてってお願いしたんだけど!」

「あれそうだったの?そんな事なんも言ってなかったけど…」

「は~~~~ぁ!あんのくそ嫁が!」

と言った久美子はなぜか慎也を睨みつけた。

慎也はとっさに目をそらした。話の内容がわからないが久美子が怒っている事だけはよくわかった。デジャブだった。

「順子の携帯に電話してみればいいんじゃないの?」

「それがね、そうもいかないのよ」

「なんで?」

「順子、昨夜、携帯電話落としたみたいでね」

「はぁ…?」

「そんでね!その携帯電話を今、あたいが持ってるのよ」

「はぁ…?何ですと?」

「昨日の夜、順子が落とした携帯電話を今あたいが持っています!」久美子はそう言って「チャラララララーン!」とオリーブの首飾りを口ずさんだ。

「はぁ?なにそのイリュージョン!てか話がさっぱりわからん…」

「だろ?とにかく順子の家電の番号と住所送ってよ」

「今、住所わかんないんだよね。彩に聞いて送ってもらうからちょっと待っててよ」

「なんだよ使えないねぇ!」

「あと順子んとこ家電はないよ。住所わかったら連絡すんからもうちょい待ってて!」

「あいよ」

昭夫は電話を切った後、すぐに彩の携帯電話に電話してみたが彩は電話に出なかった。

仕方がないので「順子の住所教えて」とLINEを打ってみた。

久美子は慎也を見て大きくため息をついた。

「住所がわかるまでまだちょっと時間がかかりそうだよ…」

「なんで着信音、『雨をみたかい』なんですか?」

「いけないのかい?」

「いやっ…とってもいいです」

「好きな曲なんだよ、曲を聴くといろいろとその頃の事が思い浮かんでくるんだよね」

「わかります!そのお気持ち!」

「そうなのかい?だから定期的に着信音は替えてるんだよ」

「ちなみに自分は1983年にヒットした洋楽で知らない曲はありませんぜ!」

「ふーん…そうなのかい?」久美子はあまり興味がなさそうだ。

「当時、ラジオで電リクとかしてましたよ!今泉恵子さんに名前呼ばれた事あります!」

「スヌーピーかい?」

「おぉ!凄ぇ!知ってるんですね?」

「当時、洋楽聞いてたら知らない人いないんじゃないの?」

「ですよね!なんか嬉しくなってきました!」

慎也はApple musicでビリージョエルのイノセントマンを流し始めた。

「俺の今までの生涯で一番聴いたアルバムです。当時はLPって言ってましたけど」

曲が流れると久美子は「イノセントマンだね」と言って慎也を見た。

「おぉ!その歳でイノセントマンわかるんですね!1983年ですよ!」と言った慎也と久美子の間にしばし沈黙の時間が流れた。

すると久美子がいきなり座椅子から立ち上がりあぐらをかいて座っていた慎也に「とぅー!」と言って右足裏を慎也の胸元に一発お見舞いした。

久美子は片足でたったまま、蹴られてひっくり返った慎也に「歳は関係ないよね!」と言い放った。

蹴られてひっくり返った慎也は「おっしゃる通りです」と言って両手で後頭部を「さすさす」していた。

横で昌也が腹を抱えて笑っている。

昌也は慎也が誰かにとっちめられている事を見た事がないのでこの時間を楽しんでいた。デジャブだった。

慎也は思った。「このババァ早くなんとかしないと…」

第十四話へと続く・・・・

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