第二話 いざナマステ

フィリピン行きが決定した昌也は絶好調!ナマステへと向け、ニコニコしながら歩いている。

「慎也さん誰か指名しますか?」

「いんや!久しぶりだしどんな娘いるかわかんないし」

「何人か知ってるんでいい娘、紹介しましょうか?」

「いいよ、お前のセンスだろ?俺、太った娘あんま好きじゃねぇから…」

「あっ!わかってませんね。太ってるんじゃなくて『ぽっちゃり』なんです。慎也さんは『ぽっちゃり』の良さがわからないんですか?」

昌也は「ぽっちゃり」とした女性が好きだった。

「いや、ちょっとあんまり…人それぞれ好みが違いますから…」

「ぽっちゃりを抱きしめたことないからそんなこと言ってんですよ!フィット感がハンパないっすよ!」

「そ、そうなんすか…」

「食わず嫌いですね」

慎也は思った。食わず嫌いとはちょっと違うような…

すると昌也は急に立ち止まりポケットから煙草を取り出した。目を細め慎也を見ながら口にくわえ煙草に火を着けた。そしてゆっくりと吸い込み、鼻から煙を吐いた。

「おい兄ちゃんよう!ぽっちゃりを抱きしめた事もねぇやつが調子乗ってんじゃねぇよ!ぽっちゃりを一度でもいいから抱きしめてみろよ!いや!抱きしめてやれよ!ぽっちゃりの良さも知らねぇで死んでいく人生なんてありえねぇよ!俺はぽっちゃりを指名すんからよ!夢は向こうから近づいてなんかこないんだよ!自分から追うんだよ!」

昌也は先輩の慎也に対し急にタメ口で捲し立てた。慎也には最後の夢の話が「ぽっちゃり」とどう関係あるのかが意味不明だったが、数日前、ドイツ軍兵士に追われ、必死で逃げてるのにもかかわらず足が思うように動かずにドイツ兵に追いつかれる寸前に怖くて目が覚めた夢の事を思い出していた。「あんな夢なら追いたくないな…」そう思った慎也だった。

「あの…では機会があったら『ポッチャリさん』にも挑戦したいと思います」と慎也が言うと昌也は「ニコッ」と笑い煙草をくわえながらナマステへと歩きだした。

歩き出してすぐに昌也がとある看板を見て立ち止まった。

「おぉ!慎也さん!夜間最高400円て看板ありますよ!!」

「んっ?」

「昼間より夜間が最高!ってことですよね?どんなお店っすかね?熟女?しっかし400円で飲めるんですかね?」

こいつはほんとにアホなんだなと思いつつ慎也は立ち止まりもせず歩き続けた。

「あっ!ちょっと!慎也さん!無視ですか?400円ですよ!400円!」

看板の近くまできた昌也がつぶやいた。「あっ…なんだ駐車場の看板か…」昌也が見つけた看板はどこにでもあるコインパーキングの看板だった。

「400円で飲めるわけないか…」昌也は先を歩いている慎也に追いつく為に小走りで後を追った。

「んっ?」慎也に追いつく直前、歩道に設置されていたベンチを見て昌也が立ち止まった。

「ちょっと!慎也さん!」

「ちっ!」慎也は舌打ちをして振り返り昌也を見た。

「今度はなんだよ…」

「なんかベンチに置いてありますよ?」

昌也は業務スーパー前に設置されているベンチの上に何かが置いてあるのを見つけたようだった。

「iPhoneみたいっす」昌也はiPhoneを手に取りキョロキョロとあたりを見まわした。辺りには慎也以外誰もいなかった。

「このiPfoneはぽっちゃりした人のですね。」

「はぁ?なんでぽっちゃりまでわかんの?」

「ケースが丸みを帯びてぽっちゃりしてるじゃないですか!ぽっちゃりを愛していればわかりますよ!」と言いながら慎也にiPhoneを差し出した。

iPhoneを差し出された慎也は右手の手のひらを昌也に向け、それを制した。単に丸みを帯びているカバーを見てポッチャリしている持ち主を想像する昌也に慎也は半ば呆れていた。

「やっぱりこいつはアホなんだな…」

慎也は昌也が酔っ払い、腰のベルトに万歩計をつけ、腰を振りながら「1分間でどっちが腰振れるか勝負しましょう!」と言ってきたとある夏の日の夜の事を思い出していた。

「このiPhoneどうします?」

「誰か忘れてんじゃねぇの?面倒だから置いておけば?」

「うーん…」昌也はベンチに右足を乗せ、腕を組んで考えている。

「いやっ!これは自分が持って帰ります」

「はっ?持って帰る?持ち主が探してんかもしんねぇから置いとけよ」

「でも誰か悪い人に盗まれたら大変ですよね。明日、交番にでも届けますよ」

「今時、iPhoneなんて盗まれたってロック解除できねぇから平気だべよ?」

「慎也さん甘いっすね」

「えっ?」

「SIMカード抜かれて他の端末に入れれば使えちゃいますよ」

「あっ!」慎也はアホだと思っていた昌也がまともな事を言ってきたので少し驚いた。

「だったら今、警察に届ければいいじゃん!」と慎也が言うと昌也は運動会の開会式で選手宣誓をする選手代表のごとく空に向かい右手を伸ばし、慎也の目を見ながら元気に叫んだ。

「今はフィリピンです!」

「ダメだこりゃ…」慎也は心の中でつぶやいた。いかりやちょーさんの気持ちが少しだけわかった気がした。

昌也は拾った携帯電話をチノパンの右後ろポケットに入れ「ナマステ」への道のりを歩き始めた。

ナマステは雑居ビルの4Fにあり、4Fまではエレベーターで行くこととなる。雑居ビルに着いた昌也はエレベーターの「↑」ボタンを「オリャオリャオリャーオリャー!」と言いながら連打している。

エレベーターに乗り込んだ昌也は「高橋名人勝負だ!」と叫びながら④(4階)のボタンを連打しはじめた。慎也は再びあの有名なセリフをつぶやいた。

「ダメだこりゃ」

4Fに着き、エレベーターが開くとすぐ目の前に「ナマステ」の扉が現れる。しかし、そこにはなんと「CLOSED」の札がかっていた。昌也は看板を見て固まっている。

「はぁ~ぁぁぁぁぁぁ」慎也は大きなあくびをひとつし、自分のiPhoneで時間を確認した。時刻は1時39分だった。慎也は「眠いな…やってないんじゃしょうがねえな、もう時間も遅ぇし帰るか?」と言ったが昌也は反応なく突っ立ったままだった。

「はぁ~ぁぁぁぁぁぁ」慎也はまた大きなあくびをした。すると昌也が「朝日公園の近くにフィリピンパブあるんでそっち行きましょう!」と言ったかと思うと1階への階段をかけ降りていった。

「先に行って店があいてるか確認してきます!場所は朝日公園手前の『ダンケシェン』です!」と言って慎也の視界から消えていった。

「またかよ!フィリピンパブなのにダンケシェンってなんだよ?おかしいだろ…」このお店のオーナーはドイツ人で奥さんがフィリピン人だった。

「はぁ〜あぁあ」慎也はまたまたあくびを大きくひとつついた。「眠いから帰っちゃうか…」と思ったその時「慎也さん!帰ったりしたら家まで迎えに行きますからね!」昌也の姿は見えないが声だけが遠くから聞こえてきた。慎也は三たびあの有名なセリフをつぶやいた。

「ダメだこりゃ」

 昌也が向かっているもう一軒のフィリピンパブ「ダンケシェン」は「ナマステ」から徒歩で約10分くらいの場所にある。

「あいつ(昌也)走ってんのかな?野球の練習ん時はさっぱり走らねぇくせにこんな時は走るんだな…」慎也と昌也は同じ草野球チームに所属している。厚木市では中堅クラスのチームだが、試合や練習よりも酒を飲んでいる時間の方が長いチームだった。

「ふぅ…」慎也はため息をついた。「はぁ~ぁぁあ」続けざまに大きなあくびをした。相当眠いようだ。

「酔ってんし眠い…面倒くさくなってきたな…」慎也は星空を見上げオリオン座を見つけた。というか慎也が見つけられる星座はオリオン座だけだった。慎也は両手を合わせ目をとじた。

「神様を願いです!ダンケシェンも閉まっていてください!」

慎也は無宗教だがこういう時は子供のころ遊んだ、岡田(厚木市)にある三嶋神社の神様に祈る事にしている。手を合わせた方向は三嶋神社の方向を向いていた。すると目をつぶって祈っていたその時、慎也のiPhoneに着信があった。

Com on feel the noize Girls rock your boys !

「ん?昌也か?」慎也のiPfoneの着信音はクワイエット・ライオットの「Com on feel the noize 」だった。

「どうした?」

「慎也さん!店は開いてるんですけど一杯で入れません!」

「わぉ!祈り通じてるじゃないっすか!三島神社の神様ありがとう」慎也は心の中でつぶやいた。

「そうなんだぁ!もうすぐ着くからちょっと待ってろ!」

「あれ?なんか嬉しそうですね?」

「そんな事ないよ!」

「わかりました…待ってます」慎也とは逆に昌也の声は心なしか元気がないようだった。

 慎也がダンケシェンに着くと昌也は店の前に座り、煙草をくゆらせていた。慎也に気が付いた昌也が立ち上がり言った。「どうします?韓国でも行きますか?」慎也はiPhoneに目をやり時刻を確認した。

「もう2時だぞ、明日打ち行くんだべ?」慎也と昌也はほぼ毎週土曜日、同じパチンコ店にスロットを打ちに行っていた。「そうっすね…」昌也はがっかりした様子で返事をした。

「もう電車ねぇからタクシーだべ?」

「はい…」

「ほんじゃ行くべ」

「はい…」

二人は静まり返った夜の街を本厚木駅タクシー乗り場へと歩き始めた。

第三話へと続く・・・・

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